用語集 — Glossary
意図
定義
「意図」とは、おおよそ「『持つ』そして『行動する』という決意」と定義されます。トランサーフィンにおいて、実現するのは願望ではなく意図です。意図は「内的意図」と「外的意図」に分けられ、内的意図によって目標は「達成」され、外的意図によって目標は「選択」されます。
ただしゼランド氏は、この定義すら「実際に行動を起こす力への序曲(プレリュード)を示しているに過ぎない」と認めています。意図とは何かを理性で完全に説明することはできない——それでも、現実を動かしているのは紛れもなく意図なのです。
腕を上げるのは、何か
理性では説明しきれない力
ゼランド氏は『リアリティ・トランサーフィン』で、意図を説明するためにとてもシンプルな実験を提示します。腕を上げようと「願って」みてください。願望はあなたの思考の中に形成されます。あなたは自分が腕を上げたいのだと認識します。では、その願望が腕を上げるでしょうか? いいえ。願望そのものは、何の行動も起こしません。
では「行動するという決意」が腕を上げるのでしょうか? それも違います。あなたは腕を上げるという最終決定を下しましたが、その時点で腕はまだ動いていません。願望でも決意でもない、その後に続く「何か」が腕を上げている——その何かが「意図」です。
ここに、意図というものの不思議さがあります。理性は意図に納得のいく説明を与えることができません。私たちにできるのは、腕を上げるのは願望でも決意でもなく「意図」である、という事実を確認することだけなのです。
願望と意図は何が違うのか
願望そのものには、何の力もない
私たちは子どもの頃から、願い事をしたり、好転を期待したり、人生に何かを期待したりすることに慣れています。しかし実際には、願望そのものには何の力もありません。行動する決意と、持つ覚悟がなければ、指一本動かすことすらできないのです。あなたの願望は、それを「純粋な意図」へと変えたときに初めて実現します。
純粋な意図とは、重要性(意味付け)が存在しない状態における、願望と行動の一致である。
ヴァジム・ゼランド『リアリティ・トランサーフィン』
分かりやすい例が「売店へ新聞を買いに行く」状況です。あなたは疑わず、期待せず、渇望せず、心配もせず、ただ行って、気に入った新聞を選びます。「店員に断られるかもしれない」「売店がなくなっているかもしれない」などという考えは浮かびませんよね。これこそが純粋な意図の働きです。目標に対しても、この「新聞を買いに行く」のと同じように接すること——穏やかに、自信を持って、決然と、疑いや過剰な重要性を持たずに。それが目標実現のために必要なすべてです。
なお、お願いや祈りとも意図は異なります。ゼランド氏は、天使や神や高次の力にお願いしても意味はないと書いています。宇宙の法則はすべての人に等しく、無頓着だからです。ソファに寝転がって昇給を神に懇願しても、何も起こりません。一方、ソファから立ち上がり、収入を増やすという具体的な意図を設定し、その自信を持ってスキルアップのコースへ、上司のもとへ、あるいは新しい仕事を探しに行くなら——宇宙はその決意を見て、自らすべての扉を開け放つのです。あなたには「お願いする」よりはるかに壮大な権利、すなわち「選ぶ権利」があります。
内的意図と外的意図は何が違うのか
頑張る「だけ」では、奇跡のようなことは起きない
意図それ自体は、願望と行動の一致です。しかし、それよりはるかに強力な力があります。それが「外的意図」です。外的意図のエネルギーが事態に関与し始めると、あなたはただ望むものを手に入れるだけでなく、いとも簡単に、まるで遊んでいるかのようにそれを行います。周りの世界全体が、あなたの目標実現を手助けしてくれるからです。
すべてを自力で成し遂げようとする志向。粘り強さ、意志の力、自分や状況との戦い、障害の克服、終わりのない競争。目標へ向かう自らの運動の「プロセス」に注意を集中します。「私は〜であると主張する」「私は自分の陽の当たる場所のために戦う」という構えで特徴づけられます。
存在するすべての道の中で、最もシンプルで最短の道を通って目標へ向かう動き。世界と戦う必要も、障害を克服する必要もなく、すべての扉が自ずと開かれます。目標が「自ずと」実現していく様子に注意を集中します。「状況が〜というふうに展開していく」「世界が自ら、私が望むものを与えてくれる」という公式で特徴づけられます。
ここが、トランサーフィンを初めて知る人が最もつまずきやすいポイントです。内的意図——つまり努力や頑張り——は無意味ではありません。日常的な世界観の枠内で達成できるものは、内的意図の力で達成されます。しかし、頑張る「だけ」では、奇跡のようなことは起きません。内的意図は障害を迂回して目標を「達成」する道であり、外的意図は目標がすでに実現している現実のバリアントを、ただ「選ぶ」道なのです。
ゼランド氏によれば、魔法や超常現象と呼ばれるものはすべて外的意図の領域に属します。古代エジプト人は現代技術の助けなしに、外的意図のエネルギーでピラミッドを建設したと言われます。インドのヨガ行者の空中浮遊も、思考の力で鉛筆を動かす超能力者も同じです。彼らは物体そのものを動かしているのではなく、「鉛筆がより近くにあるバリアント」を連続して選び、実現させている——つまり彼らが動かしているのは物体ではなく「現実」なのです。
まとめましょう。願望とは、目標そのものへの集中であり、何の力もありません。内的意図とは、目標へ向かう運動のプロセスへの集中。外的意図とは、目標が自ずと実現することへの集中です。
意図と目標スライドは何が違うのか
「ビーコン」と「浸る時間」
よくある質問のひとつが、「意図と目標スライドはどう違うのですか?」というものです。サマリナ氏はこの2つを明確に区別しています。
意図とは、短く簡潔な「定式化された言葉」です。たとえば「私は自分自身の、広くて居心地の良い郊外の家に住んでいる」。これは、あなたがどこへ向かっているのかを示すビーコン(目印)のようなもので、日中いつでも声に出し、思い出し、バックグラウンドの状態で保持しておくことができます。
一方、目標スライドはその「拡張版」です。その意図を「すでに生きている」かのように、細部に至るまで想像します。家の中を歩き回り、何階建てかを見て、湖畔なのか森の中なのかを感じ取る。そして重要なのは、スライドの中に必ず「あなた自身」が存在していることです。外側から眺めるのではなく、あなたがその内部にいて、雰囲気を感じ取るのです。
運用も異なります。意図は一日を通していつでも思い出せますが、目標スライドには専用の「別の時間」を割り当てます。座って、心地よい音楽をかけ、リラックスして、その絵の中に浸る——1日に1〜2回、10〜15分で十分です。運転中や友人といる時に行うのは勧められません。「今、ここ」にいるべき場面でスライドに浸るのは危険ですし、気を散らされてイライラするのは本末転倒だからです。
そして、意図でもスライドでも共通する大原則があります。実現の「手段」を計算しないこと。家を視覚化している時に「ローンを組むぞ」「私がお金を稼ぐんだ」という考えが忍び込んできたら、それは別の方向へ進んでいるサインです。手段は宇宙が自ら提供してくれます。
意図をいかに実現するか
世界の鏡に、イメージを送る
外的意図は、十分なエネルギーが「チャージ」されている時にのみ機能します。ゼランド氏の定式化では「外的意図とは、高いエネルギーポテンシャルと結びついた絶対的な決意」です。意図を強化する方法には、視覚化(目標スライドのワーク)、身体・エネルギー実践、テクニック「意図のジェネレーター」「コップ一杯の水」、正しい放射(トランスマッション)、重要性を下げるための実践などがあります。
そして、意図を実現させるために忘れてはならないのが、過剰ポテンシャル、渇望、強い願望、重要性、疑念を意図から取り除くことです。「努力」や「熱心さ」という概念は忘れ、出来事を急がせず、「まだなの?いつなの?」と問わず、握りしめた手を緩める。あなたの注意は、結果を達成するための手段ではなく、「すでに達成されたかのように」最終目標に固定されていなければなりません。そうすれば、世界の方からあなたに向かって動き出します。
ただ世界を信頼してください。世界は目標に到達する方法をよりよく知っており、自らすべてを差配してくれます。
ヴァジム・ゼランド『リアリティ・トランサーフィン』
鏡の中の「反映(鏡に映った像)」を動かそうとしないでください。それはすでにそこにあり、変えることはできません。あなたの自由に委ねられているのは、鏡に送る「イメージ(像)」そのものを動かすこと——意識的に思考の方向性を変え、起きていることへの態度を変えることです。バリアントの空間における移動は常に「最小抵抗の道」を辿ります。あなたの意図は、最もシンプルで迅速な方法で実現する。重要なのは、それを邪魔しないことです。
動画でたどる「意図」
トランサーフィン・センターによる解説
目標スライドと意図は、トランサーフィンにおける目標実現のための2つの異なるツールですが、多くの実践者がこれらを混同しがちです。この動画ではタチアナ・サマリナ氏が具体的な例を用いて、目標スライドが意図とどう異なるのか、そしてこれらのツールでどのようにワークすべきかを解説しています。
「意図は短い定式化された言葉、スライドはそれを生きる時間」という本ページ④の内容は、この動画に基づいています。意図とスライドの混同に心当たりのある方は、ぜひ元の解説をどうぞ。