お金・仕事
仕事もなく、返済もある状況で
どうすれば豊かさを放射できるのか?
意図は書き出した。実践もしている。求人にも毎日応募している。
それでも、時々恐怖に襲われる。
——今日すでに返済の期限が来ている状況で、どうやって豊かさを放射しろというのか。
トランサーフィンセンターに届いた切実な質問です。タチアナ・サマリナの回答は、意外なところから始まりました。
2年間、不安定な仕事で、ローンがあります。一つのローンを返すために、別のローンを借りました。3つの銀行で滞納していて、執行官に口座を差し押さえられています。支払わなければ、裁判、訴訟費用、母の財産の差し押さえを行うと脅されています。
母のすねをかじっています。母はローンの返済を助けてくれています。罪悪感が湧いてきます。すべてのローンについては、母に話していません。心配するだろうからです。
これは私の責任です。私自身がこれを行いました。おそらく、これらすべてのローンを抱え込んだ眠りから目覚めるためです。
毎日5〜8件の求人に応募し、面接を受けますが、不採用か無反応が返ってきます。経験も意欲もあるのに、他に何が足りないのでしょうか?
実践は喜んで行っています。この状況に対して、より穏やかに向き合えるようにもなりました。仕事に対する意図も宣言しています。新しい繁栄する人生へと向かう準備はできています。
目標はあります。意図も書き出しました。けれど、時々恐怖に襲われます。
今日すでにローンの義務を果たさなければならない時に、どうすれば悪循環から抜け出し、繁栄や豊かさを放射することができるでしょうか?
あなたは、二つの正反対のことをしています
サマリナ氏はまず、いま何が起きているのかを整理します。
一方では、仕事を探し、意図を書き出している。けれどもう一方で、あなたはそれらすべてをブロックしている、と。
時々押し寄せる恐怖。そして「これは私の責任だ」という思い。
あなたが自分を責めているということ、これこそが非難であり、それによってあなたはさらに自分を追い詰めているのです。
タチアナ・サマリナ
そして自分を追い詰めることで、あなたは自分からエネルギーを奪っています。
どれほど意図を声に出して言い、決意に満ちていたとしても、そのためのリソース(現実を設定するためのエネルギー)が、単にない。創造するためのリソースがない、と言います。
いま、あなたのリソースは破壊へと向かっている。それは恐怖から、そして「母のすねをかじっている」といった罪悪感から来ているのだ、と。
だから、今まず第一にすべきことは——自分を責めるのをやめることです。
質問者は「これは私の責任です。私自身がこれを行いました」と書いていました。一見、とても健全な態度に見えます。人のせいにせず、自分で引き受けている。
けれどサマリナ氏は、そこに「これこそが非難(自責)である」と言います。責任を取っているつもりの言葉が、実際には自分への告発になっていた、ということです。
「責任」と「自責」。この二つは、外から見ると見分けがつきにくいものです。区別する手がかりは、その後にエネルギーが増えているか、減っているかです。責任は、次の一手へ向かう力になります。自責は、力を奪っていきます。
——この記事の質問者は、まさに「実践しているのに動かない」状態でした。ブロックしていたのは外側の状況ではなく、その自責のほうだった、という診断です。
なぜなら「自責」の背後にあるのは振り子によって演じさせられる「被害者」の役割であり、永遠に解決しない「犯人捜し」のループだからです。
それは「認識」ではなく、無益な答えです
次にサマリナ氏は、質問文の中の一節を取り上げます。
質問者は「なぜこの状況を創り出したのか」への答えとして、「目を覚まし、ネガティブな思考や感情が何をもたらすかを見るためです」と書いていました。
模範解答のように見えます。けれどサマリナ氏は、そこで立ち止まります。
本当にそう感じていますか? もしそうなら、素晴らしいです。
タチアナ・サマリナ
もしそれがあなたにとって単なる言葉に過ぎず、「まあ、おそらくこのための状況だったのだろう」という程度なら——
それは認識(気づき)ではなく、質問に対する無益な答えです。それはあなたが、この状況から抜け出す助けにはなりません。
「質問に対する無益な答え」とは、「頭(理性)で作った優等生的な模範解答(作文)」のことを指しています。
トランサーフィンをはじめ、スピリチュアルな知識が増えてくると、人は何か問題が起きた時に、頭(理性)で素早く「それっぽい理由」を検索して答えるようになります。
「この試練は、私を覚醒させるために起きているのだろう」
「過去のネガティブな思考の引き寄せを教えるための学びなんだろう」
このように、「テストの問に対して正解を答えるように、知識を使って頭で納得しようとしている状態」です。本人は「理由が分かった」気になっていますが、心の奥底(波動・状態)では依然として恐怖や被害者意識、諦めが渦巻いています。
タチアナ・サマリナがこれを「無益(役に立たない)」と表現したのは、どれほど頭で綺麗な模範解答を作っても、現実の鏡(二元鏡)は一切反応せず、「根底の周波数(感情・状態)」だけを忠実に映し出すからです。理由を頭で答えて満足しているだけでは、現状から抜け出すエネルギー(リソース)は1ミリも生まれないのです。
必要なのは、本当に感じ取ることだ、と言います。
私は、どのように生きたいのか。どのような現実で生きたいのか。
ここで使われている区別は、「人の頼みを断れません」の記事で語られていたものと、まったく同じです。
あちらでサマリナ氏は、「私はそれを認識している」と書いた質問者に対して、「あなたは認識していません。ただ理解しているだけです」と返しました。そして「認識は、問題の解決へと導きます」と。
今回はさらに厳しい形で現れています。正しい答えを言えていること自体が、認識の証拠にはならない、と。「目覚めるためにこの状況を創り出した」という、トランサーフィンの文脈でいかにも正しく聞こえる言葉でさえ、それが理性の段階に留まった借り物の答えなら、抜け出す助けにはならないのです。
言い換えれば、もしこれがテストなら、言葉が合っているかどうかではなく、その後に何かが動いたかどうかで採点される、ということになります。
罪悪感からではなく、アーティストとして
では、「これは私の責任だ」を、どう引き受け直せばいいのか。
ここでサマリナ氏は、印象的な比喩を出します。
はい、これは「私(アンナさん)の責任」であり、私がこれらすべてを完全に自分自身で創り出しました。
タチアナ・サマリナ
しかし、それは罪悪感の観点からではなく、私はアーティストなのだという観点からです。
あなたの前には、真っ白なキャンバスがあった。そこにあなたは、何か絵を描いた。
その絵は、少し暗いものになりました。けれど、あなたはアーティストであり、そこにはそれなりの魅力もあるのです。
そして今、あなたが望んでいるのは——この絵を描き直すことではなく、別の絵を描くことのはずです。
ところが今の状態は、そうなっていません。
(※タフティの言葉で言えば、「現在再生中の台本(シナリオ)を力ずくで書き換えようと格闘している状態」か「別の台本を選択する」かの違いです。)
恐怖から、罪悪感から、古い絵を描き直そうとしている。恐怖を消し去るために、何かをしようと試みている。
古い絵はそのままに、新しい絵を、別のキャンバスに描く。暗い絵を描いた自分も、アーティストとして引き受けたうえで。
そして、こう続きます。
▲ 目次に戻るこれが過剰ポテンシャルであると認識してください。
タチアナ・サマリナ
それは古いあなたに属しているだけ(古いプログラムの“残像”)であり、新しいあなたには当てはまりません。
壮大な目標より、ごく小さな欲求から
では、具体的に何をすればいいのか。
サマリナ氏の答えは、意外なほど小さなところにあります。
自分の本質と魂を感じ、自分を追い詰めることなく、自分の真の欲求(ニーズ)を満たすこと。
それらはごく小さなものかもしれません。借金の返済という壮大な目標の規模から見れば、取るに足らないものかもしれません。
タチアナ・サマリナ
けれど、あなたにとっては価値のあるものであり、まさにそれらが、自分の中に力を見出し、落ち着くための助けになるのです。
落ち着いて、内なる状態を調和させる。その先で、機会を見つける。順番は、そうなっている、と。
アンナさんのような状態にあるとき、つい、人は「とにかく大金を稼いでこの問題を消し去らなきゃ」と焦ります。しかし、「稼がなきゃやばい」と焦っているとき、頭の中は「今、お金が全くない」「今日を乗り切れない」という強烈な恐怖と欠乏感で満たされ、それを世界の鏡に放射しています。先に述べられていた通り、このパニック状態は過剰ポテンシャルになり、エネルギーを消耗します。エネルギーがスカスカの状態で「稼がなきゃ」と力んでも、車の燃料が切れているのにアクセルを必死に踏み込んでいるようなもので、1ミリも現実は動きません。
そこでタチアナ・サマリナが勧めるのが、「ごく小さなこと」——エネルギー(リソース)による急速充電です。
例えばそれは、「カフェでゆっくり美味しいコーヒーを1杯飲む」「お気に入りの入浴剤をお風呂に入れてリラックスする」、「いつも頑張っているね」と自分をいたわる小さな買い物やケアをする、といった些細なことかもしれません。しかし、この小さな行動をした瞬間、あなたの魂は「あ、私は自分を大切に扱ってもらえている」「心がホッとする」という安心感を得ます。
この「ホッとした落ち着き」こそが、漏電していたエネルギー(リソース)をリカバリし、過剰ポテンシャルをゼロに下げるスイッチでもあり、リカバリされて初めて「新しい絵」に向かえるのです。
また、現実的な行動についても、はっきり述べられています。
もし差し押さえの可能性が本当にあり、お母さんに外部からそれが伝わる可能性があると分かっているなら——誰かが伝えるのを待つのではなく、あなた自身が話す必要がある、と。
ただし、そこには条件が付きます。
▲ 目次に戻るあなたは本当に自分で対処できると認識している必要があります。そしてあなたは、対処できるのです。
タチアナ・サマリナ
けれど対処できるのは、あなたが本当にこの力を内側に感じている時(外側に力を探している=眠っている被害者ではなく、目覚めた創造主としての確信)なのです。
恐怖から進むのではなく、受容から進む
内なる力を感じるためには、二つに分裂してはいけない、とサマリナ氏は言います。
「あれかこれか(二者択一)」、「魂と理性の引っ張り合い」の葛藤や分断をやめることです。
あなたの準備ができているとき、その時に新しい人生が開かれます。
タチアナ・サマリナ
それが開かれていないということは、準備ができていないということ——あなたは、恐怖から進んでいるのです。この瞬間を、見る必要があります。
恐怖から明るい新しい人生へ向かうのではなく、感謝と、これらすべての受容をもって向かうこと。
ただあなたを破壊し始めている罪悪感を、手放して。
——つまり、目覚めてください。これこそが、真の目覚めです。
(※ここでいう「受容」とは「善悪のラベルを貼らずに、ただ『事実』として認めること」です。カーナビやGoogleマップで現在地を把握する際、そこが「泥沼地帯」だったとしても、「なんでここが泥沼なんだ、こんな現在地は認めない」と怒ったり、「私ってなんてダメな運転手なんだろう」と泣いたりするのではなく、「現在地:借金あり、無職。了解。じゃあ、目的地(新しいキャンバス)はどこにする?」と現在地を感情抜きで淡々とただの座標として認めるということです。)
そして、注意のフォーカスについて。
「注意のフォーカス」を、“すべての借金やローンが簡単に完済される”ということに切り替えた途端、あなたは新しいレベルに出ます。今がどれほど大変であったとしても。
タチアナ・サマリナ
ただし、これは借金から逃げるという意味ではありません、とはっきり述べられます。
あなたはそれらを見ており、清算するでしょう。けれどそれと同時に、清算するための機会が見つかるようになるのだ、と。
最後に、仕事探しについて。
あなたは今、仕事も恐怖から探している。早く借金を完済するために、どうにかしてここから抜け出すために。
——「抜け出そう」としないでください、とサマリナ氏は言います。
▲ 目次に戻る状況の穏やかな受容と、私がこの状況の主(あるじ)であり、私が今、別の人生の絵を創り出しているのだという感覚から進んでください。
タチアナ・サマリナ
これが、あなたが抜け出す助けになるでしょう。
この回答が、いわゆる多くのスピリチュアル系の話と決定的に違うのは、現実を見なくていいとは一言も言っていないところです。
差し押さえの可能性があるなら、自分から母親に話しなさい、と言う。借金から逃げるという意味ではない、あなたはそれらを見て、清算するのだ、とも言う。現実的な対処を、はっきり促しています。
変えるように言われているのは、状況の見方ではなく、そこへ向かう出発点のほうです。恐怖からか、受容からか。
そして、この回答の核心は「アーティスト」の比喩に凝縮されていると思います。
「これは私の責任だ」を、罪を認める言葉として使うと、力が奪われる。同じ事実を、「私が描いた絵だ」という言葉で受け取ると、次の絵を描く側に立てる。事実は一つも変わっていないのに、立つ位置だけが変わる。これが、責任と自責の違いなのだろうと読めます。
もう一つ、実務的に効くのが「ごく小さな欲求から」という指示です。
借金の総額を前にすれば、自分の小さな望みなど取るに足らなく見えます。けれどサマリナ氏は、そちらを先にやれと言う。力を取り戻す入口は、問題の大きさに比例しないということでしょう。壮大な目標に見合う壮大な一手を探している間、力はずっと戻ってこないのかもしれません。
なお、ひとりで何とかしようとすること自体もまた、内的意図の頑張りになりえます。もし公的な相談窓口や専門家の力を借りられる状況であれば、それも「自分に合うサポートを意図する」ことのうちに入るはずです。恐怖から駆け込むのか、落ち着いた受容から選ぶのか——ここでも、出発点の話は変わりません。
古い絵を、描き直そうとするのではなく
別のキャンバスに、新しい絵を描く

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[…] これは、当サイトで何度か見てきた形でもあります。質問者のWant(どう耐えるか)に直接答えず、まずNeeds(なぜその状態にいるのか)から入る。「人の頼みを断れません」でも、「仕事もなく、返済もある状況で」でも、同じ順序が取られていました。 […]