お金・仕事
お金は、真の目標の属性である
── それって、どういう意味?
トランサーフィンのごく初期、最初の数冊の本ですでに語られていた一節があります。
お金は、真の目標の属性である——。
属性(アトリブート)とは、そのものに付き従うもの、という意味で、トランサーフィンでは「メインの本体(真の目標)に、自動的にくっついてくる付属物・オプションパーツ」というニュアンスがあります。つまりお金は、目指すべきゴールではなく、正しい目標を選んだときに自然に付いてくるもの。この一文が実際には何を指しているのかを、タチアナ・サマリナが6分ほどの動画で解説しています。
「お金は真の目標の属性である。これはどういう意味だろうか?」
お金は、光にやって来る応答のエネルギー
サマリナ氏はまず、思い出してほしい、と例を挙げます。
オリンピックで優勝して賞を受け取る選手。仕事に対して賞やボーナスを受け取る人。文学賞、ノーベル賞——。
そういう人たちは、「この賞をもらえるだろうか、もらえないだろうか」と毎秒考えてはいません。自分が何に向かって進んでいるかを理解していて、ただ行うのです。喜びをもって、楽しみをもって、研究に打ち込み、発見を成し遂げ、本を書き、自分の人生で何かを創造する。そして、その結果としてお金を受け取るのです。
受け取ってはいるけれど、それについては考えていません。潜在的にはあるかもしれないけれど、第一のものではありません。焦点がそこに当たっていないのです。
なぜそうなるのか。サマリナ氏の答えは明快です。
なぜなら、お金はエネルギーだからです。
タチアナ・サマリナ
私たちが自分の好きなことに従事し始めるとき、
魂から何かを行い、まさに心からそこに力を感じるとき——
人は、文字通り内側から光り輝き始めます。そしてこれはすべてエネルギーなのです。
そしてこの光り輝く力強いエネルギーに対し、お金という形での応答のエネルギーがやって来ます。
「よろこび」と言ってもニュアンスは様々です。トランサーフィンでいうところの「よろこび」とは、「いやったー!!」とテンション高いものや、「快楽」「悦楽」のようなものではなく、魂が静かに震える真のエネルギーとして「Радость(ラードスチ)」という言葉が使われています。
サマリナ氏はウェビナー「豊かさの中での生活:まだ存在しないものをどうやって信じるか?」(2024年12月2日開催/同12月3日 YouTube全体公開)の中で、こう明確に定義しています。
ラードスチを、大声で叫びたくなるような有頂天(エイフォリーヤ)と勘違いしてはいけません。ラードスチとは、あなたの中にある「光の状態」であり、静かに満ち足りた状態のことです。
タチアナ・サマリナ ── ウェビナー「豊かさの中での生活」2024年12月2日
魂の深いところから湧き上がる「歓び」や、存在そのものを祝福する「慶び」のニュアンスです。「至福」と言い換えてもいいかもしれません。
そして、この「よろこび(ラードスチ)」には、重要性(過剰ポテンシャル)が含まれないため、外的意図をスムーズに起動させるエンジンとなるのです。
お金は、空気や水と同じ列に用意されていた
次にサマリナ氏は、お金の位置づけそのものを引き下げます。
お金は、空気と同じように、水のように、食べ物のように、私たちがこの現実で質の高い遊びをできるように与えられている——。
想像してみてください、と彼女は言います。
空気、水、食べ物。ありがたいことに、大多数の場合、大多数の国で、私たちはそれについて考えていません。
お金もまた同じで、他の方法では私たちがこの現実で生きられないから、最初から与えられていたものなのです。それは地球にログインする前の、自身の魂が地球に持ち込んだ「初期アイテム」のようなものなのです。
ではなぜ、空気とお金でこれほど扱いが違ってしまったのか。
サマリナ氏は、その理由はシステム側にあると語ります。私たちが自分の本当の人生(魂の目的)をすっかり忘れ、システムの従順な「歯車」としてエネルギーを捧げ続けるように——“最強のコントロールツール”として利用しているのが、お金であり、巨大で強力な振り子になった姿なのです。
「お金は空気や水と同じように最初から与えられている」と心底そう思えたなら、そこには重要性(過剰ポテンシャル)も発生しないのでは?
——理屈としては、その通りに進みます。
私たちは
「明日の分の空気がなくなったらどうしよう」
「他人に取られる前に吸い溜めておかなければ」
とは考えません。いつでもある、と知っているからです。不安も、欠乏感も、必死の執着も生まれない。だから重要性が立ち上がらないのです。
お金についてだけ重要性が跳ね上がるのは、対象(お金)の性質ではなく、こちら側(わたしたち)の前提(限られている・闘って奪い合うもの)が違っているからだ、という筋道になります。
ただし、この「心底そう思えたなら」は、頭で唱えて到達できる場所ではありません。動画の後半でサマリナ氏自身が、意志の力でやろうとすればすぐに折れる、と釘を刺しています。重要性については 過剰ポテンシャル もあわせてどうぞ。
「家や車が欲しい」はいけないことか
ここで当然の疑問が出てきます。
「では今、自分の家が欲しい、車が欲しいという目標があったら? それについて考えるのをやめて、真の目標を探せということ? でも私は今それが欲しいのに」——。
サマリナ氏は、それを否定しません。
現時点でそれがあなたの目標であり、あなたがそう感じているなら、どうぞ、書いてかまわない、と答えます。
そのうえで、順番についてだけ、はっきりと言葉を足します。
今、人生において自己実現がないけれども、マンションや車やその他すべてが欲しいという皆さんは、優先順位に自己実現を置いてください。
タチアナ・サマリナ
ただし、私がそう言ったからという理由ではなく、感じてください。そこに力を感じてください。
「自己実現」といえばマズローの5段階欲求を連想する方も多いのではないでしょうか。
トランサーフィンにおける自己実現(サモレアリザーツィヤ)とは「あなたのエネルギー(独自の才能)を、具体的な行動を通じて世界へ『放出(ギブ)』すること」を意味しています。
例えば、マズロー的には「まずは、ご飯を食べて(生理的欲求)、安全な家を確保して(安全欲求)、いい人間関係を築き(社会的欲求)、他人に認められてから(承認欲求)、最後にようやく自分らしく生きる自己実現」というニュアンスであるのに対し、トランサーフィンでは「あなたが世界に才能を放出(自己実現)した時、そのお返しとして家や車(お金)がついてくる」という、完全に逆の順番なのです。
本当に自己実現を優先順位に置いた場合にのみ、物質的な恩恵は真の実現へ向かう道すがら添えられていく。逆に、うまくいかないやり方も具体的に示されます。
自己実現を優先順位に置き、毎日その状態で生きる。物質的な恩恵は、その道すがらに添えられる。ただし、頭で納得するのではなく、「あぁ、私はこれをやるためにこの世界に来たんだ」「これで誰かが喜んでくれるのが、楽しくて仕方ない!」と、エネルギーと確信を感じていること。頭で納得しているだけでは、それはただの「情報(ルール)」でしかありません。
「はい、私は自己実現に向かって歩んでいます。でも車はどこ? マンションはどこ? お金はどこ?」——後ろの目であちらをチラチラ見ながら歩くやり方。この「チラチラ歩き(隠された打算)」が放射しているエネルギーは欠乏感であり、それが世界の鏡に映されます。
そして、理性からではうまくいかない、と重ねます。
ただ耳で聞いて、意志の力で人生を喜ぼうとし、自己実現について考え、お金は勝手にやって来させようとするなら、すぐに降参して折れてしまうでしょう、と(内的意図の限界)。
目覚めた霊(スピリット=高次の自分/魂と理性が一致した創造主としての状態)の力において、自分自身への気づきの状態(気づきの中心点、あるいは観察者の状態)においてのみ働く、というのがサマリナ氏の説明です。
それは徐々にやって来ます。今すぐこの瞬間ではないかもしれないけれど、やって来るようになります。だからこの情報に心を開いていてください——動画は、そう促して閉じられます。
▲ 目次に戻るこの話が実際に効くかどうかは、「順番」を本当に反転できているかにかかっています。
紛らわしいのは、世の中で語られる「成功するために、自分のコア(情熱の源泉)を見つけよう」という筋道と、見た目がほとんど同じことです。どちらも自己実現とお金の両方が出てきて、言葉に含まれたニュアンスと順番だけが違うのです。
けれどトランサーフィンの側から見ると、この二つは別物です。「稼ぐために(目的)、やりたいことを見つける(手段)」という組み立てには、見返りを前提とした計算が残っている。自己実現がお金を得るための道具の位置に落ちてしまっています。
サマリナ氏が動画で「後ろの目でチラチラ見るようなやり方ではない」と言っているのは、まさにこの状態のことです。理性が見返りを計算し続けている限り、それは優先順位を置き換えたことにならない、ということなのです。
「ワークをやっても自分のやりたいことが分からない」というよく聞く行き詰まりにも、ひとつの説明がつきます。理性が「儲かる答え」を探しにいっているあいだ、魂には「私が本当に喜ぶことは何?」という“本当の質問”が1ミリも届いていないからです。魂はお金には一切興味がなく、打算的な問いには反応しません。「魂の声を聴くには?」で扱った、魂と理性の役割分担の話とつながる部分です。
お金は、追いかけて捕まえるものではなく
光っているところへ、応えてやって来るもの
また、「これは自分の目標か」を頭ではなく身体で確かめる方法については、「その扉は、あなたのものか」で、サマリナ氏が示した二つの実践を紹介しています。
