Q&Aライブラリ
その扉は、あなたのものか
── 頭ではなく、身体に訊く
トランサーフィンには「自分の扉」と「他人の扉」という言葉があります。
どんなに立派でも、どんなに条件が良くても、それが自分のために用意された扉でなければ、こじ開けるのに莫大なエネルギーを消耗し、人生が苦しい戦いになっていく——。
では、その扉を実際にくぐる前に、「これは自分の扉か」を見分けることはできるのでしょうか。トランサーフィンセンターに届いた、こんな質問への回答です。
「新しい分野や職業に入る前に、それが自分の扉かどうかを、あらかじめ知ることはできるのでしょうか?」
タチアナ・サマリナの答えは、はっきりしていました。
「はい、それは可能です」
そして、そのための実践を、その場で示します。
使うのは、頭ではありません。身体です。
この実践の大前提には、トランサーフィンの「魂と理性」という考え方があります。
理性(頭)は、平気で嘘をつきます。
「給料もいいし、親も喜ぶし、これが正解だ」
——理性はいくらでも、もっともらしい理屈を組み立てます。
けれど魂は、嘘をつけません。魂は理性と違って言葉を持たない代わりに、「体の感覚」を通して全力でサインを送るのです。
ですから自分の扉ではないもの(他人の扉)を選ぼうとすると、たとえ理由を言葉にできなくても、身体のどこかが縮んだり、重くなったりするのです。
この実践は、あれこれ理屈を並べようとする理性の声を一度わきに置いて、身体という「嘘をつけないセンサー」に直接訊くという方法をとります。魂の声の聴き方そのものについては、記事「魂の声を聴くには?」もあわせてどうぞ。
実践① 未来の自分を「試着」する
ひとつめは、頭の中でその道を「先に生きてみる」やり方です。
服を買う前に試着するように、その仕事を着てみて、身体の着心地を確かめます。
- 目を閉じ、深く息を吸って、吐きましょう。
呼吸を落ち着かせ、できる限りすべての思考を手放します。
ただ呼吸し、自分の身体を感じてください。 - すでにその仕事に就いている自分を想像してください。
職場にやって来て、それを見て、感じるのです。同僚がいて、もしかすると顧客がいて、周りの空間があり、あなたは自分の仕事をこなしている——。 - その道を選んだとき「自分に起こること」の感覚に、まるごと没入します。
- そして——身体に耳を傾けます。自分自身に耳を傾けるのです。
身体が返してくるサインは、大きく2つに分かれます。
魂の快適さ、温かさ、喜び、軽やかさ。ふっと胸がひらくような感覚。——おそらく、正しい道を歩んでいます。
内側で何かが縮むような感じ。どこかの重さ——手でも、肩でも、場所は関係ありません。——おそらく、その扉はあなたのものではないでしょう。
たとえ理性が「そこには絶対に行くべきだ」と言っていても、身体が重さを返すなら、いったん立ち止まる価値があります。サマリナ氏は、この方法で特定の職場や、やってみたい活動をチェックできると言います。仕事に限らず——ボランティア、社会的な取り組み、趣味でも、同じように。
実践② ノートの上で「テストプレイ」する
ふたつめは、書きながら確かめるやり方です。想像が苦手な人にも入りやすく、頭で考える前の反応を、文字を書く手が拾ってくれます。
- やってみたい仕事や活動について、それがどんな場所か、そこで自分が何をしているか、何が起きているかを書き出していく。
- 書きながら、自分の感覚を信頼する。問いかけるのは、次のこと。
・自分を、どう感じている?
・この仕事は、自分の人生にどれくらい自然に馴染んでいる?
・自分の人生は、どの方向へ変わっていく?
・それは、喜ばしい? それとも、あまり?
もし書いている最中に、重さや、息苦しさや、なんともいえない不快な感覚が生じたら——注意を、その状態に向けてください。身体は何を語っているか。内側に、どんな感覚が生じているか。
不快な感覚が出てくるなら、おそらく、そこは違います。あなたが就きたいと思っているその活動は、望む喜びや結果をもたらさないかもしれない、というサインです。
この実践が確かめているのは「できるか/できないか」ではなく、「喜べるか/喜べないか」です。魂がこの世界に来た目的のひとつは「喜ぶこと」だとサマリナ氏は繰り返します。
だから判定基準が、成功確率でも損得でもなく、身体に広がる軽さと喜びに置かれているのは、理性が得意な損得計算とは、そもそも測っているものが違うのです。
ひとつ補足を。ここで返ってくる「重さ」を、いつも即・撤退の合図と受け取る必要はありません。本当に自分の扉でないのか、それとも過剰ポテンシャル——「失敗できない」という力みが生む重さなのか、を静かに見分けるのは、練習で少しずつ精度が上がっていく部分です。まずは、身体が語っているという事実に気づくところから始めましょう。
理性は、嘘をつける。魂は、嘘をつけない。
そして言葉の代わりに、身体で語る
