記事 — Article / 振り子・自由
振り子は、どの「糸」を引いて、
私たちを操るのか?
── システムから伸びる5つの糸
Ловушки системы
振り子が私たちのエネルギーを奪う――トランサーフィンでは、繰り返しそう語られます。
ただし、振り子が一方的にエネルギーを奪っていくわけではありません。
多くの場合、私たちは奪われていることにさえ気づかないまま、自分の反応を通してエネルギーを流しています。
罠にかかり、挑発に乗る。そのたびに、知らないうちに振り子へ「餌を与えて」いるのです。
では、私たちはどんな「糸」を引かれると、気づかないうちに振り子の動きに巻き込まれてしまうのでしょうか。
この記事では、トランサーフィンセンターの記事と2本の解説動画をもとに、システムが仕掛ける5つの罠を、ひとつずつ確かめていきます。
振り子にエネルギーを与えるのは、私たちの「反応」
振り子はわたしたちからエネルギーを吸い取りますが、私たちから一方的に奪いとっているわけではありません。
私たちが何かに強く反応し、そのことに思考や感情を向け続けるとき、知らないうちに振り子へエネルギーを与えてしまっているのです。
ヴァジム・ゼランドは、その仕組みを一文で書いています。
人は、振り子の共鳴周波数で思考エネルギーを放射しているとき、その振り子にエネルギーを与えている。
ヴァジム・ゼランド『リアリティ・トランサーフィン 第1巻第2章「振り子」』
この記事に登場するゼランド氏の引用は、すべて『トランサーフィン』シリーズの第1巻からのものです。
邦訳では、2006年に徳間書店から出た『[振り子の法則]リアリティ・トランサーフィン 幸運の波/不運の波の選択』がこれにあたり、長く絶版でしたが、2025年12月にヒカルランドから『リアリティ・トランサーフィン1 振り子の法則』として新訳・復刊されています。
「振り子」という概念そのものを扱った巻です。この記事で見ていく5つの罠は、その巻に書かれた原理の、日常での現れ方だと考えてください。
なお、続く第2段階も『リアリティ・トランサーフィン2 魂と理性の一致』として、2026年9月25日に同じくヒカルランドから刊行が予定されています(旧・徳間書店版『[願望実現の法則]リアリティ・トランサーフィン2 魂の快/不快の選択』の新訳)。振り子から自由になっていく先に何があるのか――その巻の主題は、タイトルにそのまま置かれています。
つまりポイントは、何に反応し、そこへどれだけ自分の注意とエネルギーを向けているかです。
では、私たちはどんなことに反応すると、振り子に巻き込まれやすいのでしょうか。
トランサーフィンセンターでは、その代表的なものを5つ挙げています。
感情、恐怖、罪悪感、コンプレックス、バランスを崩すこと――原文では、こうしたものを振り子が引く「糸」と表現しています。
そして、その糸が引かれたとき、自分の意思ではなく(たとえ自分の意思だとおもっていても)、振り子のプログラムによって動かされる操り人形のようになってしまうのです。
この動画で、タチアナ・サマリナは、私たちを振り子の「ゲーム」に巻き込むシステムの5つの主な罠を、例を挙げながら解説しています。挑発に乗ることで振り子に餌を与えるのは、支持者も反対者も同じであること。その主な仕事は、私たちを感情的に引っ掛け、激しい反応を引き起こすことであり、それは現代の情報環境では特に容易になっていること――以下の5つの罠は、この動画と記事の内容にそって整理したものです。
罠その1 ── 感情を引っ掛ける
私たちが何かのニュースや出来事に感情的に巻き込まれるとき、私たちは特定の振り子の周波数で、思考のエネルギーを放射しはじめます。
ここで見落とされやすいのが、どちらの極にいるかは関係がないという点です。
その振り子の支持者であっても、反対者であっても、感情が反応している時点で、振り子にエネルギーを差し出している結果は変わりません。
政治の振り子を例にとってみます。
ある政党を熱心に支持し、反対する人々と激しく戦っているなら、あなたはその振り子に餌を与えています。
逆に、政府を非難し、批判しているなら――それもまた同じように、その振り子を揺らし、自分のエネルギーを渡しています。
振り子にとって、あなたが支持者か反対者か、プラスのエネルギーで餌を与えているかマイナスのエネルギーで餌を与えているかは、まったくどうでもいいことなのです。
振り子の仕事は、ただひとつ。
振り子は人間の弱点を突くことで、その者から集中的にエネルギーを汲み取る。
ヴァジム・ゼランド『リアリティ・トランサーフィン 第1巻第2章「振り子」』
あなたを感情的に引っ掛け、激しい反応を引き起こし、あなたの思考をすべて飲み込むこと。
それができれば、内容は問いません。賛成でも、反対でも。
この「感情を引っ掛ける罠」と「思考が飲み込まれる」というメカニズムは、トランサーフィンにおける「注意のハイジャック」とも呼べる現象です。
振り子は、あなたの注意を引きつけてエネルギーを吸い取るために、日常の中にたくさんの「釣り針(フック)」を仕掛けています。たとえば、
SNSで腹の立つ投稿を見た。職場で嫌味を言われた。不安をあおるニュースを目にした。などのできごとがあったとします。
↓
この瞬間、あなたの心に「ムカッ」「モヤッ」「ゾワッ(不安)」などの感情が湧きます。これが、「感情的に引っかかった(振り子のフックがかかった)」状態です。
↓
最初はほんの一瞬の「ムカッ」「モヤッ」「ゾワッ」だったはずなのに、そのあと仕事をしていても、ご飯を食べていても、お風呂に入っていても、頭の中ではその出来事が続いています。
「あの人は、なぜあんなことを言ったんだろう」
「今度は言い返してやろう」
「もし本当にそうなったら、どうしよう」
もう考えるのをやめようと思っても、しばらくするとまた同じところへ戻っています。
感情に引っ掛かったことをきっかけに、注意そのものがそこへへばりついてしまった状態です。
頭の中はぐるぐる、感情は揺れ揺れ。その時点で、あなたのエネルギーは振り子に注ぎ放題になっています。
何かを支持しているか、反対しているかは関係ありません。怒っていても、怖がっていても、その対象に注意と思考を占有されているかぎり、同じ振り子との関わりは続いています。
これが「注意が捕獲のループに囚われ、思考が完全に飲み込まれた状態」です。
そして、この状態には振り子にエネルギーを吸い取られるだけでなく、もう一つの問題があります。
それは、そのあいだ、自分が望む現実へ向けるはずだった注意が使えなくなり、現実を自分で設定することができなくなることです。
トランサーフィンでは、私たちは意図と無関係に生きているわけではありません。何を見て、何を考え、何に感情を動かしているか。そのたびに、注意を向けた方向へエネルギーを流しています。
ですから、振り子に思考を占有されている時間が長いほど、自分の望む方向へ意図を向ける余地は小さくなります。
感情の揺さぶりを入口にして、注意の占有が続き、その結果として「自分の現実を設定する側」から降りてしまう。これが、「思考をすべて飲み込まれる」ということの、トランサーフィン上の意味です。
後のタフティで「注意が自分のものでなければ、自分自身も自分のものではない」とまで語られるのは、この延長線上にあるのでしょう。
情報化の時代に入って、この罠はいっそう仕掛けやすくなりました。
マスメディア、ニュース、インターネット、SNS。記者や書き手は、全力で私たちの注意を引こうとします。そして、その記事やインタビューやルポルタージュは、しばしば強い感情――不安、恐怖、憤り、怒り――を引き起こします。
マスメディア自体もまた振り子であり、同時に、さらに強力な別の振り子に仕えている。記事はそう書いています。
▲ 目次に戻る罠その2 ── 「いつもの反応」で、バランスを崩す
振り子に巻き込まれるとき、何か特別なことが起きるとは限りません。
原文では「振り子の影響に屈し、平静とバランスを失った瞬間、あなたはその周波数で『揺れ』はじめます」とありますが、これは、誰もが日常的にやってしまっている「感情の同調(共鳴)現象」≒気づいたら、もう同じテンポで考えていた、ということです。
揺れるということは、エネルギーを渡すということです。
たとえば、ガソリン価格が上がったというニュースを見ます。
「また上がったの?」と腹が立つ。→誰かに愚痴を言う。→職場でもその話をする。→その後もしばらく、値上げのことを考えている。
どれも、人間としてごく自然な反応に見えます。
しかし、「思考や心が乱れている」という現象は、内面ではフラットではなく、バランスが崩れている状態です。
外で起きた出来事をきっかけに、自分の内側までその出来事のリズムに持っていかれたとき。
平静だった自分が、怒り、不満、焦りへと動き、その感情のまま考え続ける。トランサーフィンセンターで「振り子の影響を受けてバランスを失い、その周波数で揺れ始める」と説明しているのは、こういう状態です。
だから、「ごく普通の反応こそが期待されている」というのも、振り子が人間のように「よし、怒らせてやろう」と待ち構えている、という意味ではありません。
振り子という仕組みが働くためには、私たちが反応してバランスを崩してくれればそれでいいのです。
怒ってもいい。
不平を言ってもいい。
同じことを何度もグルグル考えてもいい。
そうして同じ対象に注意と感情を向け続ければ、その振り子との関わりも続きます。
ここで、もうひとつ大事なことが書かれています。
通常ネガティブだと見なされる感情だけでなく、渇望、陶酔、感嘆といった強すぎるプラスの感情でも、同じようにバランスを失うとされています。
たとえば、何か嬉しいことがあって、それ以外がまったく手につかなくなる。あるいは、付き合い始めたばかりで相手のことしか考えられず、勉強も仕事も上の空になる――そんな状態を思い浮かべると、わかりやすいかもしれません。
ネガティブに見えることであれ、ポジティブに見えることであれ、問題は、感情が大きくなりすぎて、自分の注意を自分で扱えなくなることです。
トランサーフィンセンターでは、この状態を「眠りに落ちる」と表現します。
強い感情に飲み込まれると、自分がいま何に注意を向け、どんな状態でいるのかを見失い、自覚的に自分の現実を設定することをやめてしまうのです。
強いネガティブな感情に飲み込まれているあいだ、私たちの注意は「いま起きている嫌なこと」に釘づけになります。
すると、自分はどうしたいのか、これからどんな現実を選びたいのか――そちらへ注意を向ける余裕がなくなります。
トランサーフィンでは、これを「自分の意図の酸素を止めている」と表現します。
私たちは「意図しよう」と考えているときだけ意図を使っているわけではありません。何に注意を向け、何を考え、どんな方向へエネルギーを流しているか――その積み重ねは、人生のあいだずっと続いているのです。
▲ 目次に戻る振り子があなたを引っ張ってびくりとさせる一番太い糸は恐怖である。これは起源が最も古くて、最も強い感情である。
振り子があなたのエネルギーにたどり着くための、最もお気に入りの方法。
それは、あなたを怖がらせることです。
振り子があなたを引っ張ることのできる最も丈夫な糸は、恐怖である。最も古く、最も強い感情である。
ヴァジム・ゼランド『リアリティ・トランサーフィン 第1巻第2章「振り子」』
あなたが具体的に何を恐れているかは、重要ではありません。
その恐怖が振り子の何らかの側面と結びついてさえいれば、振り子はあなたのエネルギーを受け取ります。
たとえば疫病の振り子。あなたは病気になることを恐れ、そうすることで、その振り子の周波数で恐怖のエネルギーを放射しはじめます。
あるいは、お金の振り子。私たちは豊かさを増やす新しい機会を引き寄せることもできれば、問題、借金、金銭的な損失を現象化させることもできます。すべては、どんな感情を抱いているかにかかっています。
ここで、ひとつ疑問が生まれるかもしれません。
恐怖によって振り子にエネルギーを与えることと、実際に病気やお金の問題が起こることには、いったいどんな関係があるのでしょうか。
振り子が、その出来事を現実化しているわけではありません。
リアリティ・トランサーフィン第1巻でゼランドは、この仕組みをもう少し詳しく説明しています。
私たちが何かを恐れ、不安になり、そのことを繰り返し考えていると、思考エネルギーの周波数がその対象に合わせて固定されていきます。そして、そのエネルギーは振り子に与えられるだけではありません。
↓
トランサーフィンでは、思考エネルギーの放射が一定の周波数に固定されると、それに対応する人生ラインへ移っていくと考えます。
つまり振り子がしているのは、あなたのために「悪い現実」を作ることではなく、恐怖や怒りによって注意を捕まえ、その対象について考え続けさせ、思考の周波数をそこに固定すること(その方がずっと長くエネルギーを吸い取り続けられます)。
その結果、自分が避けたいと思っている出来事が多く存在する人生ラインへ、少しずつ近づいていく。
なので、恐怖 → 振り子にエネルギーを与える → 振り子が災難を起こすではありません。
むしろ、恐怖
→ 注意と思考がそこに捕まる
→ その周波数で考え続ける
→ 周波数が固定される
→ 対応する人生ラインへ移っていく
この仕組みがあるため、トランサーフィンでは「何を恐れているか」以上に、恐怖によって自分の思考がどこへ固定されているかが問題になるのです。
ここでは「恐怖」を取り上げていますが、「この仕組みは恐怖にしか働かない」からではなく、恐怖が“最も丈夫な糸”だからです。
お金の振り子と恐怖については、こちらで詳しく扱っています。お金の振り子に振り回されず、”味方につける”トランサーフィンの秘訣 / お金の不安が、押し寄せてくる
罠その4 ── 罪悪感を抱かせる
非常に多くの人が、子どもの頃から罪悪感を負わされています。
「また 2 をとってきたの」
「花瓶を割ったな」
「行儀が悪い」
「育ててやったのに、恩知らずな……」
ロシアの学校の成績は5段階評価で、5が最上、2は不合格を意味します。日本の感覚でいえば「また赤点をとってきたの」にあたる言葉です。
原文の並びを崩さないため、数字のまま残しました。
これは、人を意のままに動かすための、きわめて使い勝手のよいコントロールの手口です。同じやり方で、他の人々も、そして振り子も、私たちを揺さぶることができます。
具体例として、仕事の振り子を見てみます。
大企業の上層部は、部下にこう刷り込みます。
「会社は君たちのためにすべてをやっている、君たちを養い、社会的な保障を与えている、それなのに君たちは恩知らずで、働きが悪い」――と。
定時で帰り、残業をしない従業員は非難されます。そうやって、罪悪感が引き起こされます。
すると人は、二つのうちどちらかを始めます。
この振り子と「戦い」、逆らうか。
あるいは、その条件を受け入れて、エネルギーを渡すか。
「会社は君たちのためにこれだけしているのに、定時で帰るなんて恩知らずだ」
そんな空気をつくられ、罪悪感を刺激されたとき、「そんなのおかしい」と腹を立て、会社と戦う。あるいは、「自分が悪いのかもしれない」と罪悪感を抱き、シュンとなって受け入れる。
一見すると、正反対ですが、トランサーフィンの仕組みから見ると、どちらも同じ場所にいます。
片方は怒りによって、もう片方は罪悪感によって、その会社のことに注意と思考を占有されているからです。
つまり、「戦う/従う」のどちらを選んだかではなく、その出来事に感情を引っ掛けられ、思考を持っていかれたかどうか、が問題なのです。
罠その5 ── コンプレックスにつけ込む
誰にでも、自分のコンプレックスがあります。
ただ、それに取り組み、少しずつそこから自由になり、自分の強みをひらき、自分を愛し、受け入れていく人もいれば、そうしない人もいます。
コンプレックスを多く抱えている人は、振り子に対して無防備になります。
では、なぜコンプレックスが多いほど、振り子に対して「無防備」になるのでしょうか。
ヴァジム・ゼランドは第1巻で、コンプレックスを「その人のエネルギーにつながる個人的な鍵」と表現しています。糸そのものより糸を引っ掛けやすい場所といってもいいかもしれません。
「私は外見が魅力的ではない」
「私には何の能力も才能もない」
「私にはその価値がない」
「私はすごい人間でなければならない、何が何でも勝たなければならない」
「どんな犠牲を払ってでも、自分の正しさを皆に証明する」
これらのコンプレックスは、人間のエネルギーへの「鍵」です。
たとえば、「自分には価値がない」という思い込みを持っている人が、誰かに評価されたり、他人と比較されたりしたとします。
すると、その一言が『(ほかの人にとってはどうでもいい)ただの一言』では終わりません。
「やっぱり自分はダメなのかもしれない」
「どう思われたんだろう」
「もっと認めてもらわなければ」
と、罪悪感、不安、羞恥、他人の評価への依存などが動き始めます。
つまり、コンプレックスとは、触れられたときに感情と注意が自動的に反応してしまうポイントでもあるのです。
そのポイントが多ければ多いほど、外からの出来事に反応する「入口」も増える。これが、トランサーフィンセンターのいう「振り子に対して無防備になる」という意味です。
そして、センターは続けて、そうした人は子どもの頃から続くネガティブな思い込みを「袋いっぱいに抱えて持ち歩いている」と表現しています。
ここでいう「袋」は、何か特別なものではありません。
「私はダメだ」
「人に嫌われてはいけない」
「認められなければ価値がない」
「負けてはいけない」
といった、長いあいだ持ち続けてきた思い込みの集まりです。
袋が重いから振り子に狙われる、という話ではありません。袋の中に、反応を引き起こす「鍵」がたくさん入っている、ということなのです。
コンプレックスというと、「自分には価値がない」「能力がない」といった自信のなさを思い浮かべるかもしれません。
しかし、トランサーフィンが挙げているのはそれだけではありません。リアリティ・トランサーフィン1巻のなかで、
「何がなんでも勝たなければならない」を「戦士コンプレックス」、
「どんな犠牲を払ってでも、自分の正しさを証明しなければならない」を「正義派コンプレックス」
として挙げています。
一見すると、自信がないどころか、むしろ強気な人に見えるかもしれません。
しかし、「勝たなければならない」「正しいと証明しなければならない」ということは、裏を返せば、勝敗や他人の評価によって自分の状態が左右されているということでもあります。
「相手が反論した。負けそうになった。自分の正しさを認めてもらえない」
それだけで強く反応し、頭の中がそのことでいっぱいになる。
だからトランサーフィンでは、こうしたものも振り子が利用できる「鍵」として扱っているのです。
5つの罠。でも「糸」は5本ではない
ここまで、トランサーフィンセンターが挙げる5つの「主な罠」を見てきました。
けれど、これは振り子の罠が5種類しかない、という意味ではありません。
記事の最後には、こうあります。
振り子が操り人形を引っ張る糸のリストは、限りなく大きい。正義、プライド、名誉、愛、憎しみ、貪欲、寛大さ、好奇心、興味、飢え……。
トランサーフィンセンター公式サイト記事より
恐怖や罪悪感だけではありません。
正義。愛。寛大さ。好奇心。
一見すると「悪いもの」とは思えないものまで並んでいます。
ここで大事なのは、糸の種類を全部覚えることではありません。
なぜなら、糸は無限にあっても、そのあとに起きることはよく似ているからです。
何かが自分の「引っ掛かるところ」に触れる。
↓
感情が動く。
↓
そこへ注意が向かい、貼りつく。
↓
その状態が続き、振り子の周波数で「揺れ」はじめる。
↓
そして、自分のエネルギーをそこへ流していく。
つまり、先に挙げた5つの罠は別々のメカニズムではなく、同じ仕組みが動き出す代表的な入口です。
恐怖が入口になる人もいれば、罪悪感が入口になる人もいます。
「自分が正しいと証明したい」が入口になることもあれば、ハイテンションを伴う恋愛が入口になることさえあります。
糸は無限。けれど、引かれたあとに起きる仕組みは、ほぼ同じです。
では、どうすればいいのか。ここで、もう1本の動画が助けになります。
公開放送『振り子 ── システムの中で、自由であり続けるには?』からの抜粋です。
振り子の第一の法則、恐怖というエネルギーの正体、そして「振り子とは何であるか」という一点について語られています。
振り子の「第一法則」──小さなきっかけから対立を膨らませる
2021年に公開されたウェビナー『振り子――システムの中で自由であり続けるには?』の中でタチアナ・サマリナは「トランサーフィンにおける振り子の第一法則」として、まず次の仕組みを挙げています。
『振り子は、たとえきっかけがごく小さくても、対立のエネルギーを膨らませる方向に働く』
なぜなら、恐怖、痛み、恨みといった感情は、私たちの中にすでにあり、そこを刺激するだけで反応を引き起こしやすいからです。
仕事を失うことを恐れ、自分や親しい人、子どもたちの健康を案じ、給料が出ないのではないか、賞与が出ないのではないかと恐れ、休暇がひどいものになるのではないかと恐れる。
細かいものを挙げていけば、それだけで1時間半かかってしまう――サマリナ氏はそう言います。
「うんざりだ」も、餌になる
ここまで読むと、振り子がまるで、人を引っ掛ける方法を考えている「何者か」のように見えるかもしれません。
ところが、サマリナ氏は動画の中での、「振り子から逃れたい」「彼らには疲れた、うんざりだ」という声に対して、重要な注意を加えています。
それは『振り子に、責任を引き渡さない(押しつけない)』ということです。どういうことでしょうか?
「振り子から逃れたい」「もう疲れた。うんざりだ」
一見、振り子から離れようとしているように見えます。
けれどサマリナ氏は、そう言っているあいだも、私たちは振り子にエネルギーを与え続けていると言います。
「あの振り子のせいで、私はこんなに疲れている」
「あれさえなくなれば、私は楽になれる」
そう考えているあいだ、私たちの注意はまだ振り子に向いたままだからです。
腹を立て、うんざりし、どうにか振り子を排除しようと考え続ける。
それは、「嫌いだから離れている」のではなく、嫌いだからこそ、まだそこに注意と思考をつなぎ続けていることになるのです。
これでは、接続は切れません。
サマリナ氏が「責任を振り子に渡している」と言うのは、あなたが悪い、という意味ではありません。
「自分の状態を変える鍵が、振り子の側にある」と考えてしまっていることです。
「振り子が変わらなければ、私は自由になれない」
「振り子がいなくならなければ、私は楽になれない」
そう考えているかぎり、自分では動かせないものを変えようとすることになります。自分が自由になる条件が、振り子の側にあることになるからです。
しかし、振り子そのものを変えなくても、こちらには動かせるものがあります。
自分が何に反応するか。
どこへ注意を向けるか。
何にエネルギーを注ぎ続けるか。
だからサマリナ氏は、振り子を「単なるメカニズム」だと理解したら、まず注意を自分自身へ戻すように言っているのです。
(※ここでいう「責任」は、よくある「他人のせいにせず、自分を反省しよう」という自己責任論とは少し違います。サマリナ氏が言っているのは、「誰が悪いのかではなく、自分の状態を変える鍵をどこに置いているか自覚すること」です。)
そして、抜粋の中でいちばん重要な一文が来ます。
振り子には理性はなく、意識もありません。これを覚えておいてください。言うなれば、単なるロボットなのです。
タチアナ・サマリナ/公開放送『振り子 ── システムの中で、自由であり続けるには?』2021年5月21日
ここまで「罠」「挑発」「期待する」「操る」といった表現が何度も出てきました。
実際、トランサーフィンセンターも、「他の人々だけでなく、振り子も私たちを操作することができる」と説明しています。
ですから、人間同様「振り子は人をマニピュレート(操作)する」という理解そのものが間違いなのではありません。
ただし、ここには重要な区別があります。
振り子には、理性も意識もありません。
人間のマニピュレーターなら、「この人をこう動かそう」と考え、相手の反応を見ながら手段を変えることができます。
一方、振り子はそうではありません。サマリナ氏は、振り子を「単なるメカニズム」「ロボット」と表現しています。
つまり、マニピュレーションは起きている。
けれど、その背後に「あなたを狙って操ろうとしている意識」があるわけではない。
恐怖、罪悪感、怒り、コンプレックスなど、人が反応する「糸」が引かれると、パターン化した反応が起こり、注意と思考がそこへ向かい、エネルギーが流れる。その仕組みが自動的に繰り返されている、ということです。
振り子の話から、なぜ突然「鏡」が出てくるのか
ここでタチアナ・サマリナは、いったん「振り子」そのものから離れ、トランサーフィンの「世界は鏡」という原則へ話を移します。
これは別のテーマへの脱線ではありません。
振り子に引っ掛かって生まれた反応を、そのまま持ち続けると何が起きるのか。その続きを説明するためです。
サマリナ氏は、ヴァジム・ゼランドの本から、ごく日常的な例を挙げます。
どこかへ急いでいるときに、前を歩く人が邪魔になる。
それだけで、まずイラッとする。
ここまでは、先ほどまで見てきた「振り子に反応する」という話と同じです。
ところがサマリナ氏は、ここからもう一つの原則を持ち出します。
トランサーフィンの第一の原則。世界は鏡であり、あなたの世界への態度を映し返す。
タチアナ・サマリナ/トランサーフィンセンター
つまり、トランサーフィンの考え方では、その場で生まれたイライラを持ち続けることは、単に気分を悪くするだけでは終わりません。
イライラしたまま歩く。
↓
次の出来事にも苛立つ。
↓
それが怒りへ変わる。
そしてその状態を「世界へ放射し続ける」と、世界もまた、その態度に対応するような展開を返してくる――サマリナ氏はそう説明します。その結果、
会議に遅れる、ほしかったものが手に入らない、面接もうまくいかない。
というように、ひとつの小さな苛立ちから、その日の出来事が次々とうまくいかなくなり、最後には疲れ果ててしまうのです。
ここで押さえておきたいのは、「振り子が、前を歩く人を送り込んだ」ということではありません。
ポイントは、最初の出来事そのものよりも、そこで生まれた反応を、その後も持ち続けることです。
振り子の話と鏡の話をつなげると、
振り子は、反応を引き出して注意をそこへ固定する。
鏡の原則は、その状態を持ち続けたとき、現実の展開にもそれが反映されると説明する。
つまり、この例が示しているのは、振り子との関わりは、その場の「ムカついた」「落ち込んだ」で終わらないということです。
その反応を引きずれば、思考だけでなく注意もその状態に固定され、トランサーフィンの「鏡」の原則によれば、その後の現実にも影響していく、ということなのです。
この動画はウェビナーの抜粋のため、具体的な実践手順については、この公開部分には収録されていません。
そのとき最初にすべきことだけは、はっきり語られています。
まず、注意を自分自身に向けること。
そして、振り子という仕組みが働き続けるには、私たちがそこへ向けるエネルギーが必要なのだと理解することです。
「では、どうするか」の側は、こちらで扱っています。システムの「歯車」であることをやめ、自由になるには? / 二元鏡(世界の鏡) / 観察者(内なる見張り役)
糸を数えるのを、やめる
この記事の原文は、5つの主な罠を並べたあと、「糸のリストは限りなく大きい」と書いて終わります。
5つで終わるわけではありません。
正義、プライド、名誉、愛、憎しみ、寛大さ、好奇心、興味――糸はいくらでもあります。
ならば、数えるべきなのは糸ではないのかもしれません。
感情、恐怖、罪悪感、コンプレックス。
これらは、振り子が私たちの中に新しく作り出したものではありません。もともと私たちの側にあり、触れられれば反応する場所です。
だから見るべきなのは、
「どんな糸があるか」ではなく、「自分のどこが引かれるのか」。
何を言われると、反射的に腹が立つのか。
何を失うことを、ひどく恐れるのか。
何を認めてもらえないと、自分を保てなくなるのか。
糸の名前は違っても、引かれたあとに起きることはよく似ています。
感情が動く。
注意がそこへ向く。
その状態が続けば、振り子の周波数で揺れ、その振り子へエネルギーを与える。
この記事で挙げられた5つは、別々の5つの仕組みというより、同じ仕組みが動き始める代表的な入口として読むことができます。
そして、この記事でもう一つ重要なのが、「支持者でも反対者でも同じ」という点です。
何かに反対することは、ときに「自分はそこから目覚めた」という証のように感じられます。
けれど、批判することそのものが生活の中心になり、それなしでは自分の輪郭まで保てなくなったとき、反対しているつもりでも、エネルギーはまだその振り子に注がれたままです。
2本目の動画でサマリナ氏が、「彼らには疲れた、うんざりだ」という視聴者の言葉を取り上げたのも、同じ場所を指しています。
「うんざりだ」と感じること自体が問題なのではありません。
「あの振り子のせいで私はこうなっている」と考え続けているあいだ、注意はまだ相手に向いたままです。
だからサマリナ氏は、振り子をただのメカニズムとして理解したうえで、最初にすることとして、
注意を自分自身へ向ける、と話します。
この記事では、具体的な実践手順までは扱いません。
その前にまず、「私は何に引かれているのか」「いま、私の注意はどこへ向いているのか」
そこを見るところまで。
ここまでが、この記事の仕事です。
振り子ではなく、まず自分を見る。
感情、バランス、恐怖、罪悪感、コンプレックス。引かれるのは、いつも私たちの側の同じ場所です。憎むことでも、逃げることでもなく、その場所に気づくこと。最初の一歩は、そこにあります。
