移行の時代と目覚め
「次元上昇」は、どのようにして起こるのか?
── トランサーフィンセンターが語る3次元・4次元・5次元とは
「3次元・4次元・5次元」。
この言葉を聞いて思い浮かべるものは、人によってまったく違います。ある人は物理の授業で習った空間と時間を、ある人はアセンションを、またある人は別の本や動画で出会った説明を思い浮かべます。同じ単語で会話しているのに、片方はラグビーを、もう片方はサッカーを頭に描いている——そういうことが、この言葉ではよく起こります。
トランサーフィンセンターの発信、とくに2020年以降のタチアナ・サマリナの講義には、この言葉が前提として繰り返し登場します。
本ページでは、トランサーフィンセンターの記事と5本の動画をもとに、同センターが3次元・4次元・5次元をどう捉えているのかを整理します。
今後、「新しい時代」に関する発信を読むための前提となるページです。
この資料群で語られる3次元・4次元・5次元は、物理空間の階層ではなく、「どのような現実を、どのような意識状態で生きているか」を説明するための言葉です。
3次元/3D
両極の強い感情に揺れ、外側の基準やプログラムに注意を奪われながら、自動的に反応している現実。
サマリナ氏はこれを「眠ったキャラクター」とも表現しています。
4次元/4D
注意や感情を自分で扱い、静かな喜びや安らぎが自然な状態になっていく段階。物質か精神かという二者択一も外れ、創造や使命と、仕事・お金・物質的な生活が両立すると説明されます。
5次元/5D
光のエネルギーと無条件の愛の状態として語られる、その先の段階。ここでは身体の変容、細胞やDNA、スピリットとのつながりまでが説明に含まれます。
※これらの身体・DNAに関する記述は、現在の自然科学とは別の枠組みに立つ見解です。
ただし、これは「あなたは3D人、私は5D人」という固定的な分類ではありません。
サマリナ氏自身、「今日は3次元、明日は4次元」という明確な境界はなく、移行は揺り戻しを伴いながら徐々に進むと説明しています。
この記事では、この三つを「正しい宇宙論」として提示するのではなく、トランサーフィンセンターが何を3D・4D・5Dと呼んでいるのかを、原資料に沿って整理していきます。
トランサーフィンセンターでいうところの「3次元・4次元・5次元」は、物理学における空間や時空の次元を指しているわけではありません。
「現実のバリアント」、「感情や注意の状態」、「エネルギーの密度」、「霊的進化の段階」を説明するときに、トランサーフィンセンター、とくにタチアナ・サマリナが、用いている枠組みとしての言葉です。
またロシア語の原文でも、измерение(次元)、мерность(次元性)、плотность(密度)という三つの語が、近い意味で入れ替わりながら使われています。
この記事が束ねている資料
元になっているのは、トランサーフィンセンター公式サイトの記事「3, 4 и 5 измерение. В чем разница?(3、4、5次元。その違いは何か?)」と、そこに掲載された5本の動画です。
この5本は、同じ内容の繰り返しではありません。
2020年の動画では、3次元・4次元・5次元という枠組みそのものが説明されます。
2022年にはそこから、「眠ったキャラクター」「注意を奪う3Dシステム」「自分はいまどの次元にいるのか」と、日常の感情や注意、行動へ話が広がっていきます。
そして2025年の動画では、それまで語られてきた内容が改めて一つにまとめられています。
つまり、この5本を並べることで見えてくるのは、単なる「3D・4D・5Dの定義」だけではありません。
トランサーフィンセンターがこの約5年半のあいだ、この三つの言葉をどのような場面で、何を説明するために使ってきたのかです。
本ページでは、その流れが見えるように、記事本文を軸にしながら各動画の内容を主題ごとに組み入れました。
05.07
3次元、4次元、5次元。新しい時代に、あなたはどの現実を選びますか?
3D・4D・5Dという三つの現実と「移行」の考え方を説明。コース「あなたの現実の再起動(Перезагрузка Твоей Реальности)」第1回の抜粋。YouTube →
03.25
06.06
11.05
自分がいま、どの次元にいるのかを知るには?
次元を固定的な所属ではなく、日々の反応や状態から見る。公開ウェビナー「あなたの魂のシナリオとは?」(2022年7月25日放送)の質疑の抜粋。YouTube →
12.08
3、4、5次元。4次元と5次元は、3次元の現実とどう違うのか?
3D・4D・5Dの違いを、改めて一つの説明としてまとめる(下に掲載)。
日付はいずれも動画の公開日です
3次元から4次元、5次元へ ── まず、何が語られているのか
この記事は、かなり大きな話から始まります。
いま私たちは「移行」の時代にいて、これまでとは違う現実へ進む可能性が開かれている。そして、その移行は誰かが一斉に同じ場所へ移るのではなく、一人ひとりに起こる——というのです。
私たちは、驚くべき、ほかにない時代を生きています。「移行」は、3次元の現実にいる私たちに、4次元と5次元を開きます。以前は、死を通してしか次元を変えることができませんでした。しかし今は、肉体を持ったまま次の次元へ移ることが可能になりつつあります。
そのとき、ほかの次元への移行は一人ひとり個別に起こります。まだ3次元に生きている人もいれば、「目覚め」て4次元へ移っていく人もいます。そして、すでに自分の意識で5次元へ向かっている人もいます。
tserf.ru 記事「3, 4 и 5 измерение. В чем разница?」冒頭
ここで、早くも一つ確認しておきたいことがあります。
それは、ここでいう「3次元から4次元、5次元へ移る」とは、いったい何が移るのか?ということです。
場所を移動する、という意味ではありません。
物理学でいう空間の次元が増える、という話でもありません。
このあとサマリナ氏は、3次元・4次元・5次元を、それぞれ異なる「現実のあり方」として説明していきます。
原文では、これを варианты реальности と呼んでいます。
直訳すれば「現実のバリアント」「現実の選択肢」といったところです。
ただし、ここでトランサーフィンの「バリアント空間」をすぐに重ねると、少し話が分かりにくくなります。この場面ではまず、
3D・4D・5Dという、異なる現実のあり方がある。
そして私たちは、その間を移行しうる。
タチアナ・サマリナはこの状態を、
「三つの現実のバリアント——これが、私たちに開かれているものです」
と表現しています。
なお、2020年の講義では、サマリナ氏は「次元はこの三つだけではなく、6次元、7次元……とさらにある」とも話しています。
ただし、ここで取り上げられているのは、いま私たちに開かれているものとして語られる3次元・4次元・5次元の三つです。
では、この三つは何が違うのでしょうか。
まず、私たちが長く生きてきたとされる「3次元の現実」から見ていきます。
3次元の現実
「3次元」と聞くと、スピリチュアルの文脈では、物質やお金、競争、目に見える世界を重視する「物質社会」を指す言葉として使われることがあります。
しかし、サマリナ氏がここで「3次元の現実」と呼んでいるものは、単純に「物質のある世界」という意味ではありません。
特徴として挙げられているのは、二元性、両極へ大きく振れる感情、恐れや怒りといった反応、外側から与えられた理想や基準、そしてそこへ注意を奪われながら生きる状態です。
実際、後に説明される4次元では、物質的なものを捨てるのではなく、精神的なものと物質的なものが両立するとされています。
つまり、この資料を読むうえでは、
3次元=物質世界、と置くより
3次元=二元性や外部のプログラムの中で、反応的に生きる現実
くらいに捉えておくほうが、サマリナ氏の説明には近そうです。
では、実際の記事ではどのように説明されているのでしょうか。
「3次元の現実」とは、私たちが長年生きてきた、よく知っている現実です。
それは二元性のエネルギーからなる、非常に密度の高い世界であり、低い振動とネガティブな感情——痛み、恐れ、恨み、失望、怒り、攻撃性、妬み——が優勢です。
人々はここで、闘うこと、障害を乗り越えること、誰かが考え出した理想を追うこと、基準に自分を合わせることに慣れてきました。
両極を行き来する感情
記事は、3次元の現実というシステムの基本原則を次のように述べます。
3次元の現実のシステムの基本原則は、私たちを、両極に振れた、鮮烈で強すぎる感情の中につねに置いておくことです。
tserf.ru 記事/動画(2025年12月8日公開)
苛立ちは抑えのきかない喜びに入れ替わり、渇望と焦りの状態は無気力へと移り、束の間の高揚は怒りの爆発と交互にやって来ます。
均衡、バランス、調和に達するのが、とても難しいのです。
この「3次元では、感情がプラスとマイナスの両極へ大きく振れる」という説明は、2025年になって新しく加わったものではありません。
5年前の2020年5月の講義でも、サマリナ氏はほぼ同じ説明をしています。
強烈な喜び、歓喜、感嘆があれば、その反対側には悲しみ、恨み、嘆きがある。私たちは、そうした鮮やかな感情の嵐を生きている——と。
さらにそこでサマリナ氏は、私たちの密度の高い肉体が、この二元性の世界の非常に低い振動に耐えられること自体が、驚くべきことなのだとも語っています。
記事はこの節を、次の一文で締めくくります。
「しかしこれはすべて、人類が何世紀にもわたって遊んできたゲームにすぎません。そしてそのゲームは、いま終わりました。私たちの惑星は、すでに3次元の密度を抜け出たからです」
ここは、少し引っかかるところです。
「ゲームは終わった」「惑星はすでに3次元の密度を抜けた」と言われると、試合終了のホイッスルが鳴ったように、3次元そのものがもう存在しないようにも読めます。試合終了のホイッスルが鳴ったなら、普通はそこで終わるはずです。
ではなぜ、まだ3次元に生きている人がいるのでしょうか。
その一方で、サマリナ氏は同じ資料の中で、まだ3次元に生きている人もいること、そして次元の移行は一人ひとり個別に起こることも語っています。
さらに後の説明では、これまでどおりネガティブな反応や習慣の中で「眠り続ける」なら3次元にとどまり、注意や感情を意識的に扱うようになれば4次元以降への移行が始まる、とされています。
したがって、ここでいう「ゲームは終わった」は、人類全員が一斉に3次元を卒業した、という意味ではなさそうです。
この資料を通して読むかぎり、惑星側では「移行」がすでに始まっている。
けれども、その変化に個人がどう関わるかは、それぞれの選択や状態によって異なる。
サマリナ氏は、この二つを分けて語っていると読むのが自然です。
※なお、「惑星が3次元の密度を抜けたのに、なぜ個人はなお3次元にとどまれるのか」という仕組みそのものについて、この資料では詳しい説明はされていません。
眠ったキャラクターとして生きる
2022年3月公開の動画で、サマリナ氏は3次元の現実を「眠り」という角度から説明します。
私たちには、生まれたときから選ぶ権利が与えられている。それはとても強い力である。けれども私たちは選ばず、ただ眠っている——少なくとも、長いあいだ眠っていた、と。
「この現実の中で、私たちはただ眠ったキャラクターとして存在し——タフティが書き、語っているように——決まった人生の型を生きていただけなのです」
ここで繰り返し働いているのは、たいてい「あなたは〜すべきだ」「あなたには義務がある」といったプログラムです。
私たちはそれらを理解し、何とか解消しようとして多くの時間を費やします。
けれども、その数はあまりにも多いのです。
過去に注意を向けながら一つひとつのプログラムに取り組み続けていたら、まるで沼にはまり込むように、そこから先へ進めなくなる——サマリナ氏はそう述べています。
たとえるなら、人生を進める前に「自分の中のバグをすべて修正しよう」として、延々とデバッグを続けるようなものです。
サマリナ氏が問題にしているのは、プログラムに気づくことそのものではなく、過去の原因探しと修正が人生の中心になり、注意がそこから離れなくなることです。
そして氏は、惑星がある時期から——2012年から——成長と進化へ向かう流れを強めた、と語ります。惑星は、鮮烈なネガティブと鮮烈なポジティブが並び立つこの二元的な現実から、抜け出しつつあるのだ、と。
3次元の現実は、白い縞と黒い縞です。幸運にはいつも不運がついてきます。
では、なぜ私たちはそこで眠り込むのでしょうか。
サマリナ氏の答えは、この現実にはアドレナリンがたくさんあるから、というものです。
サマリナ氏の説明では、3次元の現実は苦しいだけではありません。むしろ、振れ幅が大きいぶん刺激が強い。
成功の高揚、失敗のショック、恋愛の熱狂、別れの痛み——その強い揺れそのものに、人は無自覚のうちに引きつけられている、とサマリナ氏は見ているのです。つまり、
二元的な現実を維持しているものの一つとして、強い刺激を求める習慣があるということ、それを、3次元には「アドレナリンがたくさんある」として、経済的な飛躍と損失、関係の絶頂と別れを例に挙げています。
ここでサマリナ氏は、いったん自分自身の人生を少し外側から眺めてみるよう促します。
成功したと思ったら失敗する。関係が絶頂にあると思ったら、別れや不幸がやってくる。強い高揚と落ち込みを行き来する——。
先ほど挙げた「白と黒の縞」や、強い刺激を求めるパターンが、自分の人生ではどんな形で現れてきただろうか。
それを過去の話として見るだけではなく、もしかすると今も同じパターンが続いているかもしれない、とサマリナ氏は問いかけています。
なぜ、私たちは3次元から抜けにくいのか ── 「注意」を奪うシステム
ここまでは、3次元の現実がどのような感情や生き方として現れるのかを見てきました。
そこから一歩進んで、2022年6月公開の動画(実践コース「1日で学ぶ現実管理」抜粋)では、その3次元的な「眠り」は何によって維持されているのかという、仕組みの側に焦点が移ります。
ここで鍵になるのが、「システム」と「注意」です。
この記事に限らず、トランサーフィンでもタフティでも「注意」を扱う大切さについて何度も何度も出てきます。
けれども、日本語版『タフティ』をメインに読んできた方には、「注意」がそれほど中心的な言葉だったという印象はないかもしれません(邦訳本では「意識」という言葉で表されています)。
ここでいう「注意」とは、単に「集中力」のことではありません。
トランサーフィンやタフティでは、「あなたとは、あなたの注意そのものである(Вы — это ваше внимание)」と言われますが、
「あなたのエネルギーが今どこに注がれているかを示すスポットライト」
とも言えます。
※この言い回しは、ヴァジム・ゼランド公式サイトの記事(「新しい現実」「タフティ新しいテクニック」など)、書籍(ロシア語版の『Тафти』『Итфат(イトファト)』)、トランサーフィンセンターの発信など、複数の場所で繰り返し語られているため、出典を一つに特定していません。
私たちは普段、外で起きている出来事に没入したり、頭の中の思考に入り込んだりして、自分自身がお留守になることが度々あります。『タフティ』では、この状態が「眠り」と呼ばれます。
自分の注意の舵取りができていないということは、自分のエネルギーの向き先の舵取りもできていないということ、すなわち、意図を実現するために使うはずのエネルギーが、本来とは違うところに流れてしまっているということなのです。
たとえば、何か一つ確認するためにスマートフォンを開いたはずなのに、気づけばニュースを読み、SNSをスクロールし、別の動画を見ている。
いつのまにか最初に何をしようとしていたのかさえ、忘れている。
そんなことは、昨今、珍しくないかもしれません。
サマリナ氏がここで問題にしているのが、まさにこの「注意」です。
リアリティ・トランサーフィンが世に出た2004年ごろは、ある面では、いまより注意を自分のもとに置いておきやすかった、とサマリナ氏は振り返ります。
当時は、現在ほど多くの振り子や、注意を次々と別の場所へ連れていく仕組みがなかった。少なくとも、ニュースもSNSも動画も買い物も人間関係も、一台の端末の中に入っている現在のようなスマートフォンはありませんでした。
いまは、一日じゅう一人で画面の前にいても退屈しないほど、次から次へと「見るもの」が差し出されます。
そのたびに、私たちの注意は少しずつ自分のもとを離れていくのです。
サマリナ氏は、2004年と比べ、2022年にはこの「注意の捕獲」がはるかに強くなっていると語っています。
一方で、当時には当時の難しさがありました。
惑星がいまのように急激に振動の水準を上げてはおらず、そのため「目覚め」はいまほど大きな規模では起きていなかった、というのです。
2000年代の自分を思い出してみてください、とサマリナ氏は促します。
当時はトランサーフィンが空想の話のように思え、自分は皆と同じ普通の生活を送っていると感じていたのではないか、と。
(※ここでいう「目覚め」は、スピリチュアルや神秘思想が世の中に存在していたかどうか、あるいはそれらに関心を持つ人がいたかどうか、という意味ではありません。ロシアにはそれ以前から豊かな神秘思想・秘教文化があり、ソ連崩壊後にはその種の思想が大きく広がっていました。サマリナ氏がここで振り返っているのは、そうした情報を知っていたかどうかではなく、自分自身が大多数の人たちと同じ「眠った登場人物」として生きていなかったかどうかです。)
サマリナ氏によれば、私たちは「マトリックスのシステム」の中に生きています。
食べること、性、人生で自己実現すること——ここでは「お金を稼ぐこと」が例に挙げられます。
そして、このシステムには「書き込まれたマトリックスコード」(※私たちが「普通の生き方」だと思って従っている、あらかじめ組み込まれた行動や思考の型のようなもの)がある、と述べています。
いまは情報の負荷が限界まで高まっています。
こうした「目覚め」や意識の変化に、しばらく取り組んできた人なら、大都市や人混み、濃い情報の流れの中に長くいることが難しくなり、一人になりたい、自然の中へ出たい、自分のエネルギー・フィールドの中にとどまりたいと感じることがあるはずだ、とサマリナ氏は語ります。
それは単に「年のせいで疲れた」という話ではなく、目覚めの過程がすでに進んでいるためなのだ、と。
一人になりたいという欲求は、人生からの逃避ではありません。
いったん外の情報や人の気配から離れて、自分の内側へ戻り、自分自身を取り戻すための時間です。
そうすることで、自分のエネルギーと他人のエネルギーを見分けやすくなります。
たくさんの人や情報に囲まれているあいだは、「私はどこにいるのか」「本当は何を望んでいるのか」「これは自分の考えなのか」「自分の目標に向かっているのか」が分からなくなってしまうのです。
システムは、いつも私たちにささやきます。たとえば、
「常に連絡のつく状態でいなさい、さもないと忘れられる」
「これを買いなさい、いま流行っている。まだ使っていないの?」
など。そのささやきがやむことはありません。
私たちが生きているシステム全体は、私たちのエネルギーによって存在しています。気に入ろうと気に入るまいと、このシステムは、書き込まれたプログラムとシナリオ、そしてあなたが無自覚のうちに、自分から、毎分明け渡しているエネルギーによって、私たちを完全に操っています。(中略)あなたが意識的にそれを取り除き、切り離し始めないかぎり、あなたはいつも影響の下にあります。そうであるかぎり、注意の管理について、その結果としての自分の人生の管理について、語ることはできません。
動画「Каким образом 3D-система уводит наше внимание?」(2022年6月6日公開)
ここで言っていることを、もう少し日常的な言葉にすると。
私たちは、ニュース、SNS、広告、人間関係、世間の「こうするべき」といったものに反応しながら、そこへ注意とエネルギーを使っています。
問題は、それ自体ではありません。
自分が何に注意を向け、何にエネルギーを使っているのかを、自分で分かっていないことです。
気づかないまま外側の刺激に反応し続ければ、注意の向き先は自分ではなく、外側によって決められていきます。
サマリナ氏は、それでは「自分の人生を自分で管理している」とは言えない、と述べています。
言い換えれば、ずっと「心ここにあらず」の状態と言っていいかもしれません。
身体はここにいるのに、注意はニュースへ、SNSへ、誰かの言葉へ、過去や未来へと次々に連れていかれている。
その状態で「自分の人生を選ぶ」「意図を設定する」と言っても、そもそも選んだり設定するための注意が自分のもとにありません。
具体的な一歩としてサマリナ氏が挙げたのは、携帯電話(スマートフォン)でした。
夜、電源を入れたまま枕元に置いていませんか?とサマリナ氏は問いかけます。
就寝時にそばに置いたままでは脳が休まらないと述べ、今日から遠ざけて電源を切ること、そして道具は本来の用途にだけ使うことを勧めています。
私たちは少しずつ「バイオロボット」のようになりつつあるが、けれど、わたしたち人間の本質はそれとは別のものだ、──そう述べています。
トランサーフィンやタフティにおけるスマートフォンの話は、単なる「スマホは身体に悪い」という健康論ではありません。
『注意とエネルギーの主導権の問題』として扱われます。
この動画でサマリナ氏が問題にしているのは、注意が絶えず外へ向けられ、自分が何を考え、何を望み、何にエネルギーを使っているのかを見失っていくことです。
通知、ニュース、SNS、トレンドなどに反応し続けるうちに、自分で選んでいるつもりでも、外から与えられたプログラムやシナリオに沿って動く。その状態を「バイオロボット」のようだと表現しています。
では、「私たちの本質は別のもの」とは何を指すのでしょうか。
後半では、肉体は「発展と霊的進化のための道具」であり、私たちはその肉体にとどまりながら、自分の高次の源であるスピリット(Дух)とつながる、と説明されています。
つまり、この資料を通して読むと、人間=外部刺激に反応する肉体やプログラムが本質ではない、という前提が置かれていることが分かります。
※ここでいう「スピリット(Дух)」は、『リアリティ・トランサーフィン』で「魂」と訳されてきた Душа(ドゥシャ)とは別の語です。
トランサーフィンでは、Душа は「理性」と対になるものとして登場し、日本語版では主に「魂」と訳されています。一方、この資料でサマリナ氏が「自分の高次の源」と呼んでいるのは Дух(ドゥフ)です。
同じ資料の中でも、「あなたの Душа(魂)が選ぶ」と「私たちの源である Дух(スピリット)」は別々に使われています。
この記事では混同を避けるため、ドゥシャ/魂、ドゥフ/スピリットと書き分けています。
ここで「システム」「マトリックス」と呼ばれているものは、トランサーフィンの読者には振り子の語でなじみのある構造と重なります。サマリナ氏自身、この動画の冒頭で「振り子」と「注意を連れ去るシステム」を並べて語っています。
つまりトランサーフィンセンターで呼ばれる3次元とは「物質世界であること」を指しているわけではありません。
注意とエネルギーが、外側のプログラムへ自動的に流れ続けている状態が、3次元の現実と呼ばれています。
なお、原文ではここにも управляет が使われています。当サイトでは、自分の注意を управлять する場合には「管理する/操縦する」としていますが、ここでは主語が「システム」であり、人間の反応や行動を動かしているという文脈のため、「操る」と訳しました。
4次元 ── 3次元を抜けた先では、何が変わるのか
ここまで、3次元の現実がどのように私たちの注意を奪い、反応の中へ引き戻すのかを見てきました。
では、その「次の段階」として語られる4次元は、どんな現実なのでしょうか。
注意を取り戻した人は、何を感じ、どのように生きるようになるのか。
ここから、サマリナ氏の描く4次元を見ていきます。
次の段階は、私たちが思考と時間を完全に管理し、高い周波数のエネルギーの中にいる空間です。
tserf.ru 記事/動画(2025年12月8日公開)
私たちはつねにその中にあり、偽りのない幸福、喜び、満ち足りた安らぎを味わい、毎分が祝祭であるという感覚がいつもともにあります。
私たちは、無条件に近い愛の状態に入ることを身につけています。
自分自身へ、自分の魂へ、そして万物へ、この惑星に生きるすべての人へ向けて。
私たちは自分の身体の内なるプロセスを管理することができます。
病から自分を癒やし、老化を遅らせることができます。
「物質か、精神か」という二者択一がなくなる
4次元の説明で、記事がとくに言葉を割いているのが、物質と精神の関係です。
3次元では、「成功やお金を追う物質主義」か、「物質的なものを否定して精神性へ向かう」か。そのどちらかへ傾きやすかった、とサマリナ氏は説明します。
けれど、どちらか一方を捨てて、もう一方を選ぶ必要がなくなる。
それが、4次元です。
物質的なものと精神的なものは、対立するものではなく、互いを補うものになります。
好きな仕事をする。創造する。自己成長する。自分の使命を生きる。
その一方で、お金や物質的な恵みを受け取る。
「精神的・霊的なものをもとめるなら、お金や物質から離れなければならない」ではないのです。
ここは、トランサーフィンセンターにおける4次元観を読むうえでかなり重要なところです。
「そんな状態がずっと続くの?」── 3次元の喜びと4次元の喜びは違う
ここで、よく受けるという疑問が出てきます。
「そんな状態がずっと続くはずがない。私たちは人間なのだから、今日は怒り、明日は喜び、明後日は悲しみを感じるものでしょう?」
これは、4次元の説明を聞けば自然に出てくる疑問かもしれません。
けれどサマリナ氏は、その「怒り、喜び、悲しみを行ったり来たりするのが人間でしょう?」という前提そのものが、3次元の現実に属するものだと答えています。
つまり、いま話している4次元というのは、その前提が成り立たない別の現実のことだと言っているのです。
しかも、ここで注目したいのは、3次元と4次元では「喜び」という言葉の中身も同じではないことです。
3次元で語られる喜びは、強い高揚やハイテンションを伴うような、感情の振れ幅の大きい状態です。
対して4次元でいう喜びは、もっと穏やかで静かなもの。光や愛、満ち足りた安らぎとして内側にあり、それを外へ放射している状態だと説明されます。そして、こう言います。
「それが、あなたの正常で自然な状態なのです。」
つまりここでは、極から極へ激しく揺れることが「人間らしい自然な状態」とされているのではありません。
むしろ、私たちが長くその状態に慣れてきたために、それを「普通」だと思っているだけ——そんな見方が示されています。
5次元 ── 変わるのは、意識だけではない
4次元では、感情のあり方が変わり、物質と精神の「どちらか一方」という二者択一も外れていきました。
では、その先にある5次元では何が変わるのでしょうか。
ここから話は、さらに一段踏み込みます。
変わるのは、考え方や生き方だけではありません。
身体そのものも変容していくと語ります。
それは、肉体を捨てるのではありません。
この肉体のまま、その性質が変わっていく──そして、細胞、DNA、さらに人間の「源」であるスピリットの話へと進んでいきます。
ここからが、サマリナ氏の描く5次元です。
5次元とは、光のエネルギーと、無条件の愛の状態です。
私たちの身体は変容し始めます。
肉体であり続けながら、より希薄に、密度の低いものになっていきます。
ここでは、病から自分を癒やし老化を遅らせるだけでなく、老化のプログラムを取り消し、細胞を新しくし、若さと長寿のプログラムを起動することができます。これらがすべて現実になるのは、5次元では、細胞のレベルで身体と関わり、自分の意識でDNA分子に影響を与え、「眠っている」10本のDNAらせんを活性化し、自分の内にある神聖な力を開くことができるようになるからです。
私たちの身体は、成長と霊的進化のための一種の道具になります。
tserf.ru 記事/動画(2025年12月8日公開)
身体にとどまったまま、私たちは自分の高次の始まり、自分の源——私たちのスピリットとつながります。
スピリットはあらゆる問いの答えを知っており、これまでの転生で積み重ねてきた経験と知恵のすべてを保っています。
ここで注目したいのは、この5次元の姿が2025年になって新しく加えられたものではない、ということです。
その5年前、2020年5月。世界がコロナ禍の真っ只中にあった時期の講義でも、サマリナ氏はほぼ同じ方向の説明をしています。
そして、ここまでの3次元・4次元と比べると、5次元でとくに前面に出てくるものがあります。
身体そのものの変容と、能力の開花です。
私たちが向かっているのは、肉体を持ったままの5次元である。
ただしその身体は、形を変えた、微細で、光を帯びた、結晶のような身体である。
身体の構造が変わり、体温が変わり、細胞のレベルですべてが変わる。それでも、それは肉体である——と。
サマリナ氏はさらに、神聖な存在としての私たちにもともと備わっている力として、透知、透視、自分を癒やす力、そして細胞レベルで身体を変え、若返らせる力を挙げています。そして、こう付け加えます。
「これはすべて少しずつ起こっていきます。そして、すでに起こっています」
同じ変化が、全員に同じように起こるわけではない
ただしサマリナ氏は、この変容がすべての人に同じ速度で、自動的に進むとは考えていません。
「加速」という言葉は使いたくない。
すべてにはそれぞれの時がある
——そう断ったうえで、その過程に本人がどう関わるかによって、進み方は変わると説明します。
意識のすべてと、身体の一つひとつの細胞でこの変化に加わるなら、その過程を助ける(進める)ことになる。
反対に、不信や閉じた態度、恐れによって抵抗すれば、変容を遅らせることになる、と。
そこで氏が挙げるのが、くつろぎ、軽やかさ、感謝、そして、いま起きていることへの理解です。
どう関わるかは、自分で選ぶ。
サマリナ氏は最後に、「いつも、選択なのです」と繰り返します。
ここまで読んで、
「細胞のレベルで身体と関わるって、何をするの?」
「身体が“希薄になる”って、透明になるの?」
「“結晶のような身体”って、いったい何?」
と思った方もいるかもしれません。
このあたりは、この記事以外からの補足が必要になります。
トランサーフィンセンターには、DNAの活性化や「身体と意識の結晶化」を扱った別の記事があります。それらを合わせて読むと、トランサーフィンセンターが描いている身体変容のイメージが、もう少し具体的に見えてきます。
まず、「細胞のレベルで身体と関わる」という表現。
これは、DNAを「生命のプログラム」「大きな可能性が書き込まれたコード」と捉えています。
そして、通常知られている二重らせんとは別に「10本のエーテル的なDNAの糸」があり、それらは細胞の中で眠っている、という独自の説明がなされています。
さらに、意識や「光のエネルギー」との関わりによって、それらのDNAコードが活性化し、若返りや自己治癒などの新しい「細胞レベルのプログラム」を起動できる、と説明されています。
つまり、この文脈でいう「細胞のレベルで身体と関わる」は、単に「自分の身体を大切にする」という意味ではありません。
意識やエネルギーの働きかけによって、身体のプログラムそのものに作用できる——というのが、トランサーフィンセンター側の前提です。
次に、「身体がより希薄に、密度の低いものになる」という表現。
これは、肉体が消えて幽霊のようになる、という意味ではありません。
サマリナ氏自身、5次元でも「それは肉体である」と繰り返しています。
一方で、その身体は「微細で、光を帯びた、結晶のような身体」へ変わり、細胞レベルで構造が変化すると語られています。
では、「結晶のような」とは何でしょうか。
トランサーフィンセンターは別の記事で、「結晶」を純粋で、強く、明晰な構造として捉え、「身体の結晶化」を、身体が新しい「光の流れ」を受け入れられるよう変化していく過程として説明しています。
意識の結晶化と身体の結晶化は並行して進み、古いプログラムを手放しながら、身体と意識を新しい状態へ適応させていく——というのが、ここでの「結晶化」の意味です。
したがって、少なくともこれらの資料を合わせて読むかぎり、「希薄な身体」「光を帯びた身体」「結晶のような身体」という言葉は、物理的に水晶へ変わるという話ではなく、従来よりも「光のエネルギー」を受け入れられるよう、身体そのものが別の状態へ変容していくという、トランサーフィンセンター独自の身体観を表していると読めます。
ただし、ここには重要な区切りがあります。
・「密度が低くなる」とは、物理学でいう密度が具体的に何kg/m³変化するのか。
・「結晶化」によって、人体の分子構造がどう変わるのか。
・意識がDNAにどのような機構で作用するのか。
こうした点について、今回参照した資料では、科学的に測定できる仕組みとしての説明は示されていません。
また、センターがいう「眠っている10本のDNA」は、より詳しい記事では「エーテル的な糸」として説明されており、現在の生物学で確認されているDNA二重らせんとは別の概念です。
そのため当サイトでは、身体の結晶化、DNA活性化、老化プログラムの解除、自己治癒などについて、サマリナ氏およびトランサーフィンセンターがそのように説明している思想・実践上の枠組みとして紹介します。(現在の生物学・医学で確立された事実として扱うものではありません。)
病気の診断や治療についても、医療機関での受診や治療の代わりになるものとは別として取り扱っています。
ここで一度、3つの現実を見比べてみる
ここまで見てきた3次元・4次元・5次元は、単に「波動が低い・高い」という違いではありません。
・何に反応して生きているのか。
・どんな感情の状態が“通常の状態”なのか。
・物質と精神をどう捉えるのか。
・身体そのものをどう捉えるのか。
サマリナ氏の説明では、そのすべてが段階ごとに変わっていきます。
ここで、違いが見えるように一度まとめてみます。
低い振動。感情はプラスとマイナスの両極へ大きく振れる。
闘い、乗り越え、外から与えられた理想や基準に合わせて生きる。
プログラムの中で「眠ったキャラクター」となり、注意とエネルギーが外側のシステムへ流れていく。
穏やかな喜びや安らぎ、愛が一時的な高揚ではなく、自然な基調になる。
「物質か精神か」という二者択一が外れ、創造や使命の実現と、お金や物質的な恵みが両立する。
意識だけでなく、身体そのものの変容が前面に出てくる。
肉体のまま、より希薄で微細な身体へ変わり、細胞・DNAのレベルで身体と関わり、本来の能力が開き、自分の高次の源であるスピリット(Дух)とつながる。
「5次元に行きたい」だけでは、移れない
ここまでの話は、光のエネルギー、身体の変容、DNA、スピリットと、かなり壮大なところまで進んできました。
では、実際に3次元から4次元へ、さらに5次元へ移るには、何をすればいいのでしょうか?
ここでサマリナ氏の話は、一気に日常へ戻ってきます。
「新しい現実へ行きたい」と願うだけでは足りない。
「私はもう準備できている」と感じるだけでも足りない。
では、何が決め手になるのでしょうか。
挙げられているのは、日常の中で実際に何をしているかです。
3次元の現実から4次元へ、そして5次元へ移るには、「私は望む」という願望ひとつでは足りません。
tserf.ru 記事/動画(2025年12月8日公開)
内側に新しい人生への準備ができていると感じていても、それでもまだ足りません。
意味を持つのは、あなたの具体的な行いだけです。
では、どこで分かれるのか?
それは、日常の中で、実際にどう生きているか。
「私は5次元にいきたいんです」と言っているかではなく、今日一日をどう生きたか。
3次元にとどまり続ける人と、4次元・5次元に移行する過ごし方の違いについて、次のように述べています。
習慣のままに行動し続ける。ネガティブな感情と反応の中で「眠り込み」、何かにつけて怒り、我を忘れる。
気づきをもって自分の注意と感情の状態を管理することを身につけ、その技能が、実践の時間だけでなく日常の中でも、いつも自分とともにある。
5次元への「飛び級」はない
そして、そのあとにもう一つ、かなり重要なことをサマリナ氏は言っています。
「大切なのは、3次元からいきなり5次元へ飛び移ろうとせず、少しずつ進むことです。そもそも、それは不可能です」
私たちは、霊的進化の段階を順番に通り、惑星とともに次の段へ上がっていく。
3次元から4次元へ。
4次元から5次元へ。
途中を飛ばして、一気に5次元へ行くことはできない。
サマリナ氏は、そう明言しています。
魂(ドゥシャ)が望んでいても、移行するとはかぎらない
一番最初の動画のなかで、サマリナ氏は、かなり重要なことを言っています。
新しい現実への移行は、強制的に実現されるものではないこと。
たとえ自分の魂(ドゥシャ/Душа)がアセンションの道を選んでいたとしても、それだけで自動的に移行が起こるわけではない。
この現実を生きている私たちは、その道を実際には選ばないこともできる、というのです。
では、どうやって「選ばない」ことになるのでしょうか。
それは、「私は3次元に残ります」と宣言することではありません。むしろ私たちは、
「もちろん新しい現実へ行きたい」
「もう恐れや不幸の中にはいたくない」
「先へ進みたい」
と言います。それでも——
けれども、願望ひとつでは足りません。
動画「Третье, четвертое и пятое измерение. Какую реальность выбираете вы в Новом Времени?」(2020年5月7日公開)
あなたが「私はこれを望む」と言いながら、あなたの思考、言葉、行い、感情、行動が、その「私はこれを望む」とまるで反対であるなら、あなたはそれを受け取りません。
つまり、あなたの本当の選択は、あなたの言葉に——より正確には、あなたが放射している感情と、あなたの行いの中にあるのです。
それが本当の選択です。
ここで言う「本当の選択」は、口で何を望んでいると言っているかではなく、いま自分がどんな感情や状態を放射し、日々どのように行動しているかに現れます。
たとえ「5次元へ行きたい」と言っていても、毎日ネガティブな反応の中に眠り込み、恐れや怒りや不満を生きながら、これまでと同じ行動を繰り返しているなら、サマリナ氏の説明では、実際に選んでいるのは「恐れ、怒り、不満の現実」です。
だから、「望んでいる」「準備はできている」「ここにはもううんざりだ」と言っても、それだけでは逃げ出せない、と続けるのです。
「ここが嫌だから離れたい」という動機だけでは、新しい現実を選んだことにはならないのです。
嫌な現実から離れようとしていても、その瞬間に生きているベースの状態が恐れや怒りや拒絶のままなら、「望む行き先」は新しい現実でも、現在の自分が放射しているものは、まだ3次元の状態のままだからです。
では、「本当に選んでいる」とき、人はどうなっているのでしょうか。
サマリナ氏はここで、トランサーフィンの「意図」を例に挙げています。
(※引用中の〔 〕は、原文にない編集部の補足です。以下同じ)
「かつて、自分が本当に何かを実現したときのことを思い出してください。そのときは、〔「欲しいけれど無理かもしれない」と立ち止まっていたのではなく、〕障害ばかりを見ず、その方向へ進み、〔具体的に行動していたはずです〕」
「その一方で、『自分の家があったら素敵だ。でも、どうやって手に入れよう?あれもない、これもない。でも家を持つのが夢なんです』と言っているだけならどうでしょう?〔口では「欲しい」と言っていても、実際には「できない理由」の前で止まっています。〕
ここでも、全く同じです〔=5次元への移行も、これと同じ〕」
「行きたい」「準備はできている」と願うだけではなく、その現実を選んだ人として、いま何を感じ、どう行動しているか。そこまで含めて、「選択」と呼んでいるのです。
なぜ、ここで「実践」が必要になるのか
ここまでサマリナ氏は、「新しい現実へ行きたい」と願うだけでは足りないと繰り返してきました。
本当の選択は、口で何を望んでいるかではなく、日々どんな状態にいて、どう行動しているかに現れる。
それでは、これまでの習慣や反応に「眠り込んできた」人が、どうやって新しい状態を日常のものにしていくのでしょうか。
ここで出てくるのが、「実践(практики)」です。
それは、新しい現実へ連れていってくれる魔法の手順というより、これまでとは違う状態に自分を置き、その状態を身につけていくための練習として位置づけられています。
サマリナ氏は、現在伝えているさまざまな実践について、新しい現実へ移り、そこに定着するためのものだと説明し、それを「架け橋」と呼んでいます。
「やがて情報と実践が十分に自分の中へ染み込めば、それらはただ生活の一部になり、私たちはそのように生きるようになります」
つまり、目標は一生「実践をする人」でいることではありません。
最初は意識的に練習する。→やがて、それが日常の状態になる。
その移行期間をつなぐものが、「実践」なのです。
「しかし今は、自分をこの「沼」〔古い状態、眠り、制限、反応、3次元的な生き方〕から引き上げ、知り、理解し、見て、感じ、〔新しい状態に〕定着するために、具体的な行動が必要です」
そして私たちに、この道から離れないでほしい、「戻る道はない」のだからと呼びかけ、すぐに自分で言い直しています。
「戻る道はない、なんて、少し脅かしすぎですね。道はいつでもあります。選ぶのはあなたです。問いはただ、あなたに後ろへ戻る必要があるのか、ということです」
「古い世界の痙攣」── 情報に巻き込まれたとき、何が起きるのか
ここでサマリナ氏は、私たちの注意を奪うものとして、情報環境についても触れています。
いま私たちは、さまざまな情報によって「自分が何者なのか」「何のためにここにいるのか」を忘れやすい状況に置かれています。
しかも、すべてが明らかな嘘として現れるわけではありません。
ひとかけらの真実に、別の情報が混ざる。
すると私たちは、
「どこまでが本当で、どこからが嘘なのか」
と考え始めます。
問題は、正解を見つけられるかどうかだけではありません。
そのことに夢中になるうちに、注意そのものが、再び外側の情報へ持っていかれることです。
サマリナ氏は、これを「また取り込まれる」と表現しています。
そして、こうした動きを、こちらへの「攻撃」ではなく、「古い世界の痙攣」と呼んでいます。
ここでの「痙攣」は、古い世界の動きに反応して戦え、という意味ではありません。
むしろ逆です。
そこへ注意を奪われ続けないこと。
自分が何者なのかを思い出し、注意を切り替えること。
サマリナ氏は、意識が別の次元にある時間が増えるほど、変化も早く起こると述べています。
▲ 目次に戻るQ&A ── どこでつまずくのかを見る
ここまで、トランサーフィンセンターの見解による、3次元・4次元・5次元についての説明を追ってきました。
ただ、こうした話は、「わかったつもり」になりやすいところがあります。
なので、実際に聞いていた人たちは、どこで引っかかったか、共通の躓きやすい、あるいは誤解しやすいところはどこなのか。
質疑応答を見ると、そのポイントがよく見えます。
そして面白いのは、サマリナ氏の答えが、単に質問に答えるだけではなく、本人がこの枠組みをどう理解しているのかを、はっきり示していることです。
「家族が3次元にいるとき、どうすればいいのか」
「自分はいま何次元にいるのか、どう見分けるのか」
「目覚めたつもりなのに、なぜ戻ってしまうのか」
そうした具体的な問いに対する答えを見ることで、3D・4D・5Dが、抽象的でSF的な“次元の話”ではなく、日常のどこで現れるものなのかが見えてきます。
1自分がいま、どの次元にいるのかを知るには?
エカテリーナさんからの質問は、「自分がいま、どの次元にいるのかをどうやって知ればいいですか?」というものです。
対するサマリナ氏の答えは、意外にシンプルです。
特別な感覚やサインを探すのではなく、普段の自分が何に反応し、どんな状態で生きているかを見る。
そこに、いまの自分の位置が現れるというのです。
3次元にいるとき、何が起きているか。
ここで3次元の特徴として挙げるのは、恨み、怒り、心配、恐れなどのネガティブな反応です。
何かが起きるたびに、いつものお決まりの感情が出てくる。
いつものシナリオを繰り返す。
注意を自分で扱うことが難しい。
そして、外から情報を取り込み、仕事へ行き、帰宅し、用事をこなし、また同じ一日を繰り返す。
生き方そのものが悪いというより、自分で選び直すことなく、これまでの習慣のまま動いている。
サマリナ氏は、そうした状態を3次元として説明しています。
逆に、そこから少しずつ抜け出し、ネガティブな反応に飲み込まれることが減っているなら、すでに移行は始まっている、と。
そして重要なのが、次です。
「『今日は3次元、明日は4次元』というような、はっきりした境界はありません。これは少しずつ進むものです」
最初はブランコのように行ったり来たりする。
以前の反応へ戻ることもある。
けれど、その揺れが少しずつ小さくなっていく。
つまり、一度怒ったから「3次元に逆戻り」なのではなく、どちらの状態を『いつもの自分』として生きる時間が増えているかを見る、ということなのでしょう。
では、揺れが小さくなっていくと何が変わるのでしょうか。
サマリナ氏が次に挙げるのは、世界の見え方です。
私たちは「すべては一つ」と言葉では言えても、それを実際に一つの全体として感じているとは限りません。
そこで、その感覚を確かめるための簡単な実践が紹介されました。
落ち着いた状態で、どこへも急がずに通りを歩いているときに行います。
人々を見ます。目をのぞき込むのではなく、「これは実は自分の一部なのだ」という感覚で眺めます。これは自分であり、すべては一つの全体である、と。
空を見上げて、自分がこの空であり、この大地であると受けとめます。
あの人もまた、自分を映している存在であり、自分と同じ一つの全体の一部なのかもしれないと見てみます。
私たちは皆、同じ一つの海から来ていて、そこには違いも、評価も、裁きもありません。
「すべては一つ」は、何をされても許すという話ではない
この実践が分かりやすくなるのは、むしろ嫌なことをされたときです。
サマリナ氏が例に挙げるのは、逃げ場のない場所で、顔の近くに煙草の煙を吐かれる場面でした。
当然、不快です。息苦しくもなります。
サマリナ氏が勧めるのは、その行為を「正しい」と思うことでも、黙って我慢することでもありません。
いったん、「なんて非常識な人だ」「腹が立つ」という自動的な評価から離れて、その人も自分と同じ一つの全体の中にいる存在として見てみる、ということです。
変えるのは相手の行為ではなく、自分の反応の仕方だと、サマリナ氏はいいます。
〔席を立ってもいい。
離れてもいい。
やめてほしいと伝えてもいい。〕
選択することはできる。
ただ、その選択を、怒りや恨みや苛立ちに飲み込まれた状態からではなく、自分で選べる状態から行う。
ここが、この話のポイントです。
そして、怒りや恨みを抱いたとき、その感情を実際に抱えて生きるのは相手ではなく自分自身だ、と続けます。
相手があとで反省したとしても、自分はすでにそこに至るまでの間、怒りや恨みの中にいた。
さらに、それを外へ放射すれば人生の状況として返ってきたり、身体の不調として現れたりすることがある、という見方を示しています。
2家族がまだ3次元にいる。引っ張り上げたほうがいい?
「母はまさに3次元にいて、どうしてもそこから引っ張り出せません」
そんなコメントが寄せられました。
これは、日本でもかなり多そうな悩みです。
自分はトランサーフィンやタフティを学び、新しい現実や次元の話を知った。けれど、家族やパートナーはまったく興味を示さない。
「このまま3次元にいて大丈夫なの?」
「一緒に次の次元に移りたい」
そう思うこともあるかもしれません。
そんな悩みに対して、サマリナ氏の答えは、はっきりしています。
「けっして、引っ張り出さないでください」
親やパートナー、身近な人についての同じ相談はよく届く、と前置きしたうえで、サマリナ氏はこう説明します。
移行は、その人自身の選択です。
さらに、それはその人のドゥシャ(魂)の選択でもあり、本人自身はそのことをまったく自覚していない場合もある、とされています。
だから、外から無理に連れていこうとすると、かえってその人を傷つけることになるのだと言います。
ここで、学校の学年にたとえた話がでました。
小学1年生の子を見て、「この子は頭がいいから、いきなり6年生へ入れてしまおう」と実行したらどうなるでしょう?
まだ身体的にも、感情的にも、知性的にも、その段階に育っていない子を、無理に6年生へ移すことはできません。
次元の移行も、それと同じだと。
自分自身についてでさえ、3次元からいきなり5次元へ飛び級することはできないのに、まして、自分自身以外の人を外から引っ張って、段階を飛び越えさせることはできないのです。だからこうしめくくられます。
「自分の人生を生きてください。そして、その人たちはその人たちのまま受け入れてください」
3友人や周りの人とは、離れたほうがいい?
先のQ&Aは家族を無理に「引っ張り上げない」でした。
では逆に、自分のほうが変わり始めたとき、これまで付き合ってきた友人や周囲の人とはどうすればいいのでしょうか。
こんな質問も寄せられています。
「友人や周りの人たちとは……離れるべきですか?」
それに対する回答は、「全員と縁を切りなさい」ではありません。
これから自分が変わっていけば、人間関係も自然に変わることがあります。
その変化が起きたときに、怖がって元の形へ戻そうとしなくていい、と話します。
それは関係を切れ、ということでなく、『違和感があるのに習慣で続けない』と言えます。たとえば、
「今日はこの人と話したくない」
「一緒にいると重い」
「もう以前と同じ付き合い方をしたくない」
そう感じているのに、
「昔からの友人だし」
「別に何かトラブルがあったわけでもないし、付き合いを続けるのが普通だから」
と、習慣だけで関係を続ける。サマリナ氏が問題にしているのは、こちらです。
自分の感覚ではもう違う方向へ進み始めているのに、過去の習慣だけで自分を元の場所へ戻してしまうこと。
それに対して、「手放してください」と言っています。
ここでの「手放す」は、喧嘩して絶交するというより、変わっていく関係を、無理に以前の形へ戻そうとしないことと読むと分かりやすいでしょう。
話したくないなら、無理に話さない。
距離ができるなら、その変化を恐れない。
そして、自分が進みたい道を進む。
サマリナ氏は言います。
「あなたのドゥシャ(魂)は、別のことのために来たのだから、自分の道を歩み、自分の人生を生きてください」
関係が変わることより、その先で一人になるかもしれないことのほうが怖くて、違和感のある関係を手放せない人もいるかもしれません。
サマリナ氏が「恐れないで、手放してください」と言うのは、そうした恐れに対しても含んでいるように読めます。
結び ── 「次元」の話を、日常へ戻す
3次元・4次元・5次元を知らなくても、私たちは生きていけます。
自分がいま何次元にいるのかを知らせるランプが点くわけでもなければ、「今日から5次元です」と境界線を越える瞬間が目に見えるわけでもありません。
それでも、トランサーフィンセンターは2020年以降、このテーマを何度も取り上げてきました。
今回、複数の記事と動画を追ってみて見えてきたのは、「次元」そのものを知識として覚えることが目的なのではない、ということでした。
なぜ注意を管理するのか。
なぜ感情の反応を見るのか。
なぜ「行きたい」と願うだけでは足りないのか。
なぜ実践が必要なのか。
なぜ家族を無理に引っ張ってはいけないのか。
なぜ、人間関係が変わることがあるのか。
そうした一つひとつの話を、
「いま、どんな現実を生きているのか」
「そして、どちらへ向かっているのか」
という一つの地図の上に置くために、3次元・4次元・5次元という言葉が使われています。
だから、この話を「いつ地球が5次元になるのか」という未来予測だけとして読むと、たぶん一番大事なところを取りこぼします。
「次元上昇」「アセンション」「5次元」。
言葉だけを並べれば、とても華やかで、実際、人気のある言葉です。
けれど、今回辿ってきた記事や動画の中で繰り返し問われていたのは、驚くほど地味なことでした。
今日、何に反応したか。
注意をどこへ向けたか。
どんな感情の中にいたか。
そして、いつもの反応ではなく、自分で選べたか。
実践の時間だけ整っていればいいわけではありません。
学校のテストの前だけ勉強すればいい、という話でもない。
毎日の通常運転が少しずつ変わっていくことの果てに、次元の移行がなされている。
派手な言葉のわりに、やることは地味です。
だからこそ、おそらくそこがいちばん誤魔化しのきかないところなのだと思います。
であるならば、「次元上昇」は、待っていれば起こるイベントではなく、自分の生き方を更新していくこととして語ることもできるのだと思います。
「新しい時代」と書籍の知識のつながりは「新しい時代、トランサーフィン、タフティ──3つは、どうつながっている?」で。Q&Aの1が語られた放送の全体は「あなたの魂のシナリオとは?」、「眠り」という概念そのものは「起きているのに、眠っている?」をどうぞ。
待ってるだけでは、何も始まらない
今日の選択から始まる
