「宇宙は、ちゃんと聞いている」──それでも願望が叶わないワケは?

記事 — Article / 意図と目標の実現

「宇宙は、ちゃんと聞いている」
──それでも願望が叶わないワケは?

Почему Вселенная не слышит меня?
— Перестаньте загадывать желания!

TSERF.RU 公式記事+動画2本 / タチアナ・サマリナ

私たちは、願い事をするのが好きです。

豊かさを、愛を、名声を——理由はいくらでもあります。
年の瀬には手に入れたいもののリストを作り、子どもたちはジェド・マロース(ロシアのサンタクロース)に手紙を書きます。
年越しの夜には、来る年が今年より良い年になるようにと、地球じゅうで願いをかけています。

けれど祝日が終わってみて、望んだものを手にしているという人は少ないのではないでしょうか。

それは、なぜなのでしょうか?

トランサーフィンセンターの公式記事は、この問いかけから始まります。

「宇宙にお願いする」という発想は、スピリチュアルの世界では珍しいものではありません。
トランサーフィンもまた、宇宙の働きやエネルギーそのものを否定しているわけではありません。

ただし、大きく違う点があります。

よくある「宇宙にお願いする」という考え方において、宇宙は願いを受け取り、それを叶えてくれる存在として語られます。
ところがトランサーフィンでは、宇宙に何かを頼んで叶えてもらう、というところから話が始まりません。

同じ「宇宙」という言葉を使っていても、最初に置かれている前提が違うのです。

本ページは、センター公式記事と、そこに添えられた2本の動画——トランサーフィンセンターの創設者でありチーフ・トレーナーのタチアナ・サマリナによる解説動画と、2023年秋の無料ウェビナーからの抜粋——をロシア語から翻訳・再構成したものです。途中のNOTEと末尾の編集ノートは、編集部による注記です。

動画①「なぜ宇宙は私の声を聞いてくれないのか? ── 願い事をするのはやめなさい!」(ロシア語)
タチアナ・サマリナ ── 2023年5月29日 公開
動画はロシア語です。本文1〜4章は、センター公式記事とこの動画の内容を合わせて再構成しています。再生できない場合は YouTubeで視聴 →

「願望」とは、そもそも何か

まず、トランサーフィンセンターでは「願望」とは何か、という定義の再確認をしています。

「願望」とは、何かが不足している状況で生まれる、何かに対する具体的な欲求である。

たとえば、
「もっとお金があればいいな」
「パートナーがほしい」、「裏表なく付き合える友人が欲しい」
「新しい家に住みたい」、「新しいPCが欲しい」
などといったものです。

ここでロシア語版ウィキペディアの定義を見ると、興味深いことが述べられています。

願望は、ただ「欲しい」と感じているだけの状態と、「これを選ぶ」「こうする」と決めた状態の、ちょうど途中にあるとされています。

つまり、欲しい → 願望になる → 決めるという流れの中で、願望は真ん中にあります。
もう「何となく欲しい」だけではない。
けれど、まだ「これを選ぶ」「こうする」と決めたところまでは行っていない。
いわば途中にある状態です。

NOTE ── 欲求・願望・渇望・意図 ── ロシア語の四つの言葉

記事の中では、『欲求』・『願望』・『渇望』・『意図』の4つの言葉が使われています。
日本語ではどれも「願い」「望み」で済ませてしまいがちですが、ここでは記事に則って使い分けながら進んでいきます。

хотение(ハチェーニエ)=欲求:ただ「欲しい」という動き。無害だが、力もない。
желание(ジェラーニエ)=願望:不足から生まれる具体的な欲求。この先、「意図」にも「渇望」にも転びうる中間段階。
вожделение(ヴァジュジェレーニエ)=渇望:願望に、疑いと失敗への恐れが混ざったもの。
намерение(ナメーレニエ)=意図:願望に、行動する決意が加わったもの。

願望が「意図」に進むのか、それとも「渇望」に傾くのか。この記事のポイントは、そこにあります。(編集部)

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理由① 願望と意図を、見分けていない

動画①でサマリナ氏は、望むものが手に入らない理由を、大きく三つに分けて説明しています。第一の理由は、願望と意図の違いを見分けていないことです。

センターの記事は、ここでヴァジム・ゼランドの著書『現実を決する者(Вершитель реальности)』を引いています。

願望それ自体は、何ももたらさない。それどころか、願望が強ければ強いほど、成功の見込みは小さくなる。

ヴァジム・ゼランド『現実を決する者(Вершитель реальности)』

ゼランド氏は、こう続けます。

こう言っておこう。行動するという意図へと育っていく願望がある一方で、渇望というものがある。後者はまず何より、失敗への恐れだ——欲しくてたまらない、けれど同時に、うまくいかないのではないかと怖い。なぜ怖いのか。目標のことではなく、それを達成する手段のことを考えているからだ。

渇望は過剰ポテンシャルを生み、周囲のエネルギー場を強く歪める。その結果、平衡力の抵抗が起こる——目標の達成を妨げているのは、まさにこの力なのだ。

ヴァジム・ゼランド『現実を決する者(Вершитель реальности)』

違いが、感じられるでしょうか。

記事によれば、私たちはたいてい、ただ「願っている」のではなく、「どうしても欲しい」と渇望しているのです。
そこに「これは絶対に必要だ」「叶わなかったら困る」という重要性が加わると、過剰ポテンシャルが生まれます。
すると、あなたと、あなたの願いを実現するためにはたらく宇宙のエネルギー(外的意図)とのあいだに、第三の「プレイヤー」——平衡力——が現れます。
平衡力は、渇望によって生まれたエネルギーの偏りをならそうとします。
結果として、願望の実現そのものを妨げる方向に働くことが多々あるのです。

結果は、おなじみのものです。

「良かれと思ってやったのに、結局いつも通り」

では、どうすればいいのでしょう。何も望まなければいいのでしょうか。
トランサーフィンが示す出口は、願望を、意図に変えることです。

願望に、行動する決意を加えれば、意図になる。そこに、それが実現することへの疑いと、失敗への恐れを加えれば、渇望になる。これこそが、意識的に下げなければならない重要性だ。

単なる願望は、目立つほどの過剰ポテンシャルを生まない。それが生じるのは、あなたが疑いと恐れで、世界の喉元をつかむときである。

ヴァジム・ゼランド『現実を決する者(Вершитель реальности)』

記事は、ここまでをこう整理しています。
単なる「欲求」は無害ですが、それだけでは何も動きません。
一方、願望は、疑いや恐れをまとえば「渇望」に、持ち、行動する決意が加われば「意図」に変わります。
そして、宇宙に対して実際に作用し始めるのは、この「意図」のほうだというのです。

動画①でサマリナ氏は、こう言い添えています。
意図があるとき、人は、望むものを必ず手にすると確信している、と。

NOTE ──「良かれと思ったのに、いつも通り」

原文に出てくる«Хотели как лучше, а получилось как всегда»は、
直訳すると「もっと良くしようと思ったのに、いつものような結果になった」。
という意味で、ロシアでは、今でもよく知られた決まり文句です。

この言葉を有名にしたのは、1990年代、エリツィン政権で首相を務めていたヴィクトル・チェルノムイルジンでした。

きっかけは、1993年の通貨改革です。旧紙幣を流通から外す措置がとられました。
ソ連時代から流通していた旧ルーブル紙幣や、ロシアになった後も、1992年に発行した紙幣を、1993年型の新紙幣へ切り替える改革です。
しかし、発表は突然で、交換できる金額や期間にも厳しい制限がありました。

(※日本で仮に置き換えるとこんな感じです。
発表:夏休みシーズンの土曜日の朝。
「月曜日から、福沢諭吉・樋口一葉・野口英世など、旧デザインの紙幣はお店では使えません。
新しい渋沢栄一などの紙幣に交換してください。
ただし、すぐ現金で交換できるのは一人あたり、おおむね月給1か月分程度まで。
それを超える現金は銀行口座に預けてもらい、6か月引き出せません。
交換期限は、とりあえず約2週間です」)

そのため人々が店や交換所に殺到し、大きな混乱が起こります。
結局、交換限度額や期限は後から緩和されることになりましたが、その改革について、チェルノムイルジン首相が1993年8月6日の記者会見で口にしたのが、

「良くしようと思ったんだ。ところが、いつも通りになってしまった」

という一言でした。
あまりにも当時の状況を言い当てていたため、たちまち広まり、その後は「良かれと思って手を加えたのに、結局また同じような残念な結果になった」という場面で使われる表現になりました。

今回の記事でこの言葉が出てくるのも、そこがポイントです。
「絶対に叶えたい」と力を込め、何とか状況を良くしようとする。
ところが、その力みそのものが過剰ポテンシャルを生み、平衡力が働いて、結果として「良くしようとしたのに、またいつもの結果」になる。

もちろん、1993年の通貨改革をトランサーフィンで説明しているわけではありません。
ゼランド氏は、ロシア人ならすぐにわかるこの有名な一言を借りて、「力を加えた結果、かえって望んだ方向から外れてしまう」感覚を伝えているのです。(編集部)

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理由② 鏡に映すものが間違っている

第二の理由は、
世界の鏡を使って間違った像(イメージ)を創っていることです。
私たちは、自分の現実という「鏡」を通して、宇宙とコミュニケーションすることができる、という表現が記事や動画でも使われていますが、ここでいう「コミュニケーション」は、宇宙にお願いを伝えるという意味ではありません。
世界の鏡に、自分の思考や意図、そして現在の状態が反映されるということです。
世界の鏡に映している自分の像が、望んでいるものと一致していないことをゼランド氏の言葉を引用しながら説明しています。

ひとつの単純なことを理解しておく必要がある。
世界は鏡のように、あなたの思考と意図を正確に映し出す。
それ以上でも、それ以下でもない。

どこでお金を手に入れようかと頭を悩ませているとき、現実に物質化するのは、あなたが資金を探し回るプロセスそのものであり、それは非常に長く続きうる。
像がそうであるように、映る姿もそうなる。

ヴァジム・ゼランド(センター公式記事・動画①での引用)

何かを望んでいるとき、私たちはおおよそ、こんな姿をしています。鏡の前に立ち、鏡に向かって叫んでいるのです。

「宇宙よ、お金をちょうだい!」
「愛する人に出会いたい!」
「すごく、すごく健康になりたい!」

鏡には、何が映っているでしょうか。
そう——ただ要求し、せがんでいる自分自身です。その裏には、「世界よ、私にくれ!」という含みがあります。

鏡の仕事は、映すこと。世界の鏡はあなたを映します。それも、あなたが鏡の前に立っている、まさにその状態のまま——

強く、強く望んでいるのに、それを持っていない状態のままで。

そして、願望の重要性がつくり出した過剰ポテンシャルは平衡力を呼び寄せ、状況をまるで逆向きに変えてしまうことさえある。つまり、望むものは手に入らない——とサマリナ氏は語ります。

鏡に映っているものを変えたいなら

では、どうすればいいのでしょう。
ここでわたしたちが日常生活で使っている普通の鏡を例に話が続きます。
鏡に映った自分の姿を変えたいとき、私たちは鏡そのものを変えようとはしません。

顔を洗ったり、髪を整えたり、メイクをしたりする。もしかしたら自分に微笑みかけるかもしれません。そう、鏡の前にいる自分のほうを「先に」変えます。物理的な世界で自分を少し変えたら、そのとき鏡の向こう——目には見えない形而上(肉眼では見えない)的な、同じ世界のもう一方の側——にも、その変化が対応して現れるのです。

願望についても、まったく同じです。
映っている現実を変えたいなら、まず、鏡の前に立っている自分の像を変えること。

望むものを「すでに持っている」あなたを、世界の鏡に映させてあげてください。

お金も、家も、車も、愛する人も、すでにあるかのような「ふり」をする。
鏡はその像を反映し、望むものが実現化する——センターの記事は、そう説明しています。

NOTE ──トランサーフィンにおける「宇宙とコミュニケーションする」について

トランサーフィンセンターの記事や配信動画ではここで紹介したものに限らず、たびたび、「宇宙とコミュニケーションする」「宇宙に意図を伝える」という言葉が使われています。
しかし、その中身は一般的によく使われる「(擬人化した)宇宙にお願い」とは異なっていることを押さえておく必要があります。

骨格は「鏡」です。
鏡は、頼みごとを聞き届けて何かを届けてくれる相手ではありません。
前に立っているものを、そのまま映すだけです。
ですから鏡が読み取っているのは、「ください」という言葉の中身だけではありません。
「欲しい」「まだない」「叶うかな」「叶わなかったら困る」——そこまで含めた、その人の状態のほうだ、というのが、この記事も含めたトランサーフィン全体で述べていることです。

同じ「宇宙」という言葉でも、話し相手としての宇宙と、鏡としての宇宙とでは、初期設定が違う。この違いは、末尾の編集ノートで改めて整理します。(編集部)

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理由③ 宇宙が受け取るのは、「言葉」だけではない

第三の理由は、世界の鏡に向けた意図の放射がうまくいっていないことです。
記事はここで、こんな問いを立てます。

「意図を、どんな『言語』で宇宙に伝えればいいのか?」

ただし、ここでいう「言語」は、表面的な言葉そのものではありません。
記事がその直後にこう述べています。

宇宙が知覚するのは、私たちの「意図のエネルギー」です。

記事では、「純粋なエネルギー」と表現していますが、ここでいう「純粋」は、「清らかな心で願いましょう」という意味ではありません。
過剰ポテンシャルが混ざっていないこと。
「絶対に叶わなければ困る」
「本当に叶うのだろうか」
「どうしてまだ叶わないのか」
そうした渇望や重要性による余計な力みが加わっていない、意図そのもののエネルギーという意味です。

逆に、渇望に伴う「余分なエネルギー」こそが、願いの実現を妨げたり、ときには正反対の結果を招き、まったく望んでいなかったものを受け取ることにもなる、と記事は述べています。

エネルギーは、言葉で──思考フォームや、アマルガム、
視覚化されたイメージ——を通して伝えることができます。
具体的な行動としては、意図を声に出して、あるいは心の中で唱える。紙に書く。すでに結果を受け取ったところを想像する。
動画①でサマリナ氏自身は、「もちろん、書き出すことをお勧めします」と語っています。

大切なのは、意図に込めるエネルギーが、過剰ポテンシャルのない「純粋な」ものであることです。

あなたの課題は、自分の願いを宇宙に知らせることであって、叶えろと迫って宇宙の喉元をつかむことではありません。

トランサーフィンセンター公式記事

そのためのツールとして、記事は二つを挙げています。
ひとつはタフティのテクニック。
ターゲット・フレーム——望む像(ゴールシーン)を短く、30秒から長くても1分ほどで思い描くもの。
もう一つはトランサーフィンのテクニックで、ターゲット・スライド──思考とイメージを使い、より長い時間をかけて(10分〜15分程度)自分が現実化したいもの、意図を、細部まで思い描くものです。

たとえば、新しい家が欲しいなら、心の中で、その家を散歩してみます。
部屋を(少なくとも一部屋を)、廊下を、階段を、細部まで思い描いたり、暖炉のそばに座っている自分や新しい寝室で横になっている自分をスライドの中で生きてみるのです。

どの技法を選ぶにしても、忘れないでください、と記事は念を押します。

あなたが放射しているのは、意図の純粋なエネルギーです。
欲求でも、渇望でもなく。

あなたは、自分が受け取るつもりでいることを、宇宙に知らせているのです。

NOTE ── ターゲット・フレームと、ターゲット・スライド

原語はそれぞれ «целевой кадр»(ツェレヴォイ・カドル)と «целевой слайд»(ツェレヴォイ・スライド)。кадр は映画フィルムの「ひとコマ」のことで、邦訳本『タフティ・ザ・プリーステス』では「コマ照射メソッド」と訳されている技法にあたります。

時系列では、トランサーフィンのターゲット・スライドが先にあり、タフティのターゲット・フレームは後から登場したものです。記事の説明どおり、スライドは時間をかけて細部を味わうワーク、フレームは短く一瞬を照らすワーク、という違いがあります。どちらが優れているかではなく、同じ「すでに持っている像」を扱う、長さの異なる二つの道具として読むのがよさそうです。(編集部)

記事はここで、ゼランド氏の言葉をもう二つ引いています。
「現実は、私たちの思考を映す鏡である」
つまり、世界の鏡は、こちらが差し出したものをそのまま返す。
悪いことを考えれば、悪い現実が返ってくる。けれど、そこに、「あなたを困らせてやろう」という意図があるわけではありません。
ゼランド氏はこれを、「何も個人的なことではない」と表現します。
鏡は、ただ映しているだけです。
どんな像で現実の鏡の前に立ったか。
その像に対応するものが、物質的な現実として返ってくる。
そして——

これこそが、トランサーフィンの本質である。世界の鏡に映る姿は、あなた自身が形づくる。

ヴァジム・ゼランド(センター公式記事での引用)

動画①のサマリナ氏は、次のゼランド氏の言葉で話を締めくくり、気づきをもって選択するように、と呼びかけています。

人間の思考は、まったく直接的なやり方で、現実を形づくる。人は、自分自身が選んだものを受け取る。

ヴァジム・ゼランド(動画①でのサマリナ氏の引用)
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意図のエネルギーを強める ── 儀式と8つのステップ

もちろん、意図に関することは自分ひとりでワークすることもできます。
そのうえで記事は、宇宙とのコミュニケーションで最も効果的な方法のひとつとして、儀式を挙げています。

ここでいう儀式とは、自分の目標を世界にきっぱりと宣言し、外的意図を活性化させるための、明確な行動の枠組みのことです。
トランサーフィンセンターによれば、儀式はエネルギーの高まる時期——夏至・冬至や、春分・秋分——に行うのがよく、それは宇宙そのものが私たちの意図にエネルギーを注ぎ、あらゆる始まりを後押ししてくれる日なのだといいます。

(記事はこのあと、トランサーフィンセンターで行われる新年前の儀式への案内に続きますが、当サイトの記事では割愛します)

センター記事が示す、意図が実現するまでの8つのステップ

ここで記事は、願望が生まれてから実現するまでを、8つの手順にまとめています。
ただし、これはヴァジム・ゼランドが著書で提示した「公式の8ステップ」という意味ではありません。
トランサーフィンセンターが、この記事の内容を実践手順として整理したものです。

1
目標を立てる
自分が何を実現したいのかを決める。
2
目標を、過剰ポテンシャルから切り離す
「絶対に必要だ」「実現しないとヤバい」という過剰ポテンシャルを下げ、「持つ/所有する」という意図を残す。
3
自分に合う技法を選ぶ
思考フォーム、アマルガム、イメージによる視覚化など。
4
「すでに持っている」自分の像を創る
欲しがっている自分ではなく、すでにそれを持っている自分を描く。
5
その像を、宇宙に放射する
トランサーフィンやタフティの技法を使って、その像を送り出す。
6
定期的に取り組む
コマ照射メソッドや、ターゲット・スライドなど、選んだ技法を定期的に実践する。
7
意図のエネルギーを強める
センター記事では、夏至・冬至、春分・秋分など、エネルギーが高まるとされる時期に儀式を行うことを勧めています。日本でいうなら、暦の節目に合わせて祈願や行事を行う感覚に近いでしょう。
8
実現を急かさない
意図したことが現実になるまで、穏やかに待つ

ただ願って過剰ポテンシャルを生むのではなく、目標に定めたものを受け取ると「意図」してください——記事は、そう結ばれています。

そして、ここで一つ、次の疑問が残ります。

意図を定め、実現を急かさずに待っている。それでも望む現実が現れないとしたら、なぜなのでしょうか。

次の動画では、参加者から投げかけられた、「宇宙は、魂を読めないのですか?」という問いから、その先が掘り下げられていきます。

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動画② 「宇宙は、魂を読めないのですか?」

センターの記事の最後には、もう一本の動画が添えられています。
2023年10月29日にトランサーフィンセンターが公開した、無料ウェビナー「トランサーフィンとタフティへの新しい問いのための、新しい時代」からの抜粋です。
その後半に、イリーナさんという参加者から、こんな問いが届きました。

動画②「願望が叶わないのは、宇宙が魂を読めないから?」(ロシア語)
タチアナ・サマリナ ── 2023年10月29日 無料ウェビナーより抜粋
動画はロシア語です。再生できない場合は YouTubeで視聴 → ウェビナー全編は こちら →
ウェビナー参加者からの質問

もし願望が叶わないのだとしたら、それは、宇宙が魂を読めない、ということでしょうか? では、心からの願望は、どう言葉にすればいいのでしょう?

── イリーナさん

サマリナ氏の答えは、明快です。

いいえ、そんなことはありません。
宇宙は、すべてをちゃんと見ていますし、読んでいます。

では、なぜ叶わないのか。サマリナ氏は、いくつかの場合を挙げていきます。

なぜ叶わないのか?

CASE 1
それが「単なる願望」で、意図ではないとき

願望が叶わないのは、まず、それが単なる願望であって、意図ではない場合です。

意図とは、バリアントの空間の、すでに存在しているそのセクターに、実際に自分を合わせること。「それはある、と私は知っている。ほかの選択肢はない」——ただそれだけです。つまり、持ち、行動するという決意。
一方、願望には過剰ポテンシャルが多く含まれているため、本質的に実現しません。そこには、行動のエネルギーも、実現のエネルギーもないのです。

ここでいう「行動」は、たくさんの物理的な行動だけを指すわけではない(それも含まれますが)、とサマリナ氏は補足します。純粋にエネルギーのレベルでの行動でもありうる。それこそが、いま私たちの空間に開かれつつある可能性なのだ、と。

NOTE ──「願望にはエネルギーがない」のではない

ここは少し紛らわしいところです。
願望に「エネルギーがない」という意味ではないからです。

願望には、重要性や不安、執着による過剰ポテンシャルが生まれることがあります。
ただし、それはトランサーフィンでいう「行動のエネルギー」「実現のエネルギー」とは別のものです。
過剰ポテンシャルは、現実を実現へ向かわせる推進力ではなく、偏りをつくるエネルギーです。

一方、意図にあるのは、「それはある。私はそこへ向かう」という、選択と行動に方向づけられたエネルギーです。

つまり、ここでの違いは、エネルギーがあるか・ないかではなく、そのエネルギーが何に向かって働いているか。願望に熱量があることと、それが現実化へ向かう力になっていることは、同じではありません。
意図では、そのエネルギーが「持つ」「行動する」「すでに存在するセクターへ自分を合わせる」という方向を持っています。

CASE 2
それが、本当に「あなたの」願望ではないとき

では、心からの願望をどう言葉にするか。まず、それがあなたの本当の願望だと理解する必要があります。つまり、自分の魂に耳を傾けること。

自分の声を聴き、魂の声を聴き、「私は本当は、何を望んでいるのか」「これは本当に、私の願望なのか」を感じ取る。
たいていの場合、それは過剰ポテンシャルになっているか、そもそもあなたの願望ではないかの、どちらかなのだとサマリナ氏は言います。

NOTE ── 魂の願望なら、過剰ポテンシャルは生まれない?

ここで一つ、誤解しやすい点があります。
「本当に自分の願望であること」と、「過剰ポテンシャルが生じていないこと」は、同じではありません。

魂が本当に望んでいる目標であっても、そこに
「絶対に叶えたい」
「これを失ったら意味がない」
「いつになったら実現するのか」
といった重要性や焦り、不安が加われば、過剰ポテンシャルは生じます。

トランサーフィンセンターの別の解説でも、「自分の目標が実現してほしい」と強く望み、焦りや渇望が生じると、過剰ポテンシャルが蓄積すると説明されています。
つまり、ここでは二つの問題を分けて考える必要があります。

その目標は、本当に自分のものなのか。
そして、
その目標に、過剰な重要性を与えていないか。

魂の声に従っているからといって、重要性を与えてしまうことや過剰ポテンシャルの問題までが自動的に解決するわけではありません。
私たちには理性もあり、往々にしてその目標を「絶対に失敗できないもの」に変えてしまうこともあるからです。

CASE 3
待てていないとき、「届かない」と感じているとき

あるいは、単に待てていない。私たちは、それがすぐに、あっという間に起きてほしいと思う。1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と過ぎていく……。

けれど、もしかすると、あなたが意図している現実は、いまの自分から見ると、とても遠く感じられる場所にあるのかもしれません。
そしてそのとき、

「そこまでの距離は遠い。自分には、そんなに簡単には届かない」

と、自分自身で決めてしまっていることがあります。
つまり、もっと早くそこへ近づく可能性を、自分で許せなくなっているのです。

「いまの私はここにいて、私の願望はあんなところにある。まるで、おとぎ話の世界みたい。すごく欲しいけれど、手が届かない」——この「届かない」という感覚が、たとえ最後まで自覚していなくても、潜在意識のなかで響いていることがあるのです。
そしてそれもまた、思い描いたことの実現にブレーキをかけるのだ、とサマリナ氏は語ります。

NOTE ──「道のりを縮めることを自分に許さない」とは?

ここでいう「道のり」は、物理的な距離のことではありません。
サマリナ氏が続けて挙げるのは、
「いまの私はここ。願望は、はるか向こう」
「まるでおとぎ話の世界で、自分には届かない」
という感覚です。

つまり、望む現実を「遠いもの」「簡単には届かないもの」と自分の中で位置づけることで、その距離を自分自身で固定してしまうことを指しています。

「道のりを縮めることを自分に許していない」とは、ここでは、もっと早く現実が変わる可能性そのものを、自分では認められていない状態と読むとわかりやすいでしょう。

なお、この発言の中では、他のところで出てくる「トランスファーチェーン:途中の目標を設定して段階的に進む」という方法までは語られていません。
ここで取り扱われているのは、まず「それは自分には遠すぎる」という内側の前提のことです。

NOTE ──「今日すでに話したこと」── ウェビナーの前半から

ここでサマリナ氏は、「魂の声を聴くことについては、今日すでに話しました」と言います。
抜粋動画だけを見ていると、そのまま通り過ぎてしまう一言です。
けれど、ウェビナー『新しい時代――トランサーフィンとタフティへの新たな問い』全編をさかのぼると、この答えの前提になっている話が、46分〜50分付近ですでに語られていました。
「それは本当に、あなたの願望なのか?」の問いが何を意味しているのかを理解するために、少し前のやり取りまで戻って補足します。

別の参加者からの「自分を感じることと、魂の声を聴くことは同じか」という問いに、サマリナ氏は、魂は内側の「感じ」(чувства)を通して語る、と答えています。

ここでいう「感じ」は、視覚・聴覚などの五感そのものではありません。
何かに向き合ったときに内側に生じる、しっくりくる/抵抗を感じる、軽い/重い、穏やか/ざわつくといった反応に近いものです。
直感とも重なりますが、瞬間的な「ひらめき」だけを指しているわけではありません。

ただし、その感じが本当に魂から来ているのかは、確かめる必要がある、とも言っています。

その感じがどこから生まれたのかを見るために、直前に頭の中でどんなことを考えていたかを追ってみる。
「失敗したらどうしよう」
「きっと悪いことが起きる」
といった思考から、不安や恐れなどの強い感情反応が生まれているなら、それは魂からではなく思考に反応して起きた感情かもしれません。
一方で、理性では「こちらを選ぶべきだ」と考えているのに、それでも内側に違和感や抵抗が残ることがあります。トランサーフィンでは、こうした感じもまた、魂からの重要なサインとして扱われています。

つまり、見るべきなのは「ポジティブかネガティブか」だけではなく、その感じが、何をきっかけに生まれたのかということです。

さらに、日々できることとして、魂のシンプルな欲求を満たすことを挙げています。
「それは後で」
「そんなの大したことじゃない」
と自分に禁じ続けていると、「すごく、すごく欲しい」になり、過剰ポテンシャルに育ちます。
それは行動に向かわないまま燃え尽き、感情や身体に痕跡を残すのです。
それだけでなく、そうしているうちに、次第に自分の声そのものが聴こえなくなっていく——というのです。

つまり、「もし願望が叶わないのだとしたら、それは、宇宙が魂を読めない、ということでしょうか?」というイリーナさんへの回答に含まれる「それは本当にあなたの願望なのか?」は、この前段とひと続きになっています。渇望と、魂の本当の望みとを見分けること。それが、「心からの願望をどう言葉にするか」への答えの土台になっている、ということです。(編集部)

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EDITOR’S NOTE ── 編集ノート

同じ「宇宙」、違う初期設定

トランサーフィンセンターの元々の記事のタイトルは、「なぜ宇宙は私の声を聞いてくれないのか?」でした。
そして抜粋動画の中でタチアナ・サマリナは、きっぱりと答えています。

「宇宙は、すべてをちゃんと見て、読んでいる」

この二つを並べると、問題の焦点が変わります。
「なぜ宇宙は聞いてくれないのか?」ではなく、
「私はいま、何を宇宙に届けているのか?」と。

聞いてくれないのではない。
発しているものを、むしろ正確に拾っている。

ヴァジム・ゼランドがたびたび取り上げる世界の鏡は、思考と意図を「それ以上でも、それ以下でもなく」映します。
「宇宙さん、どうか100万円ください」と唱えるとき、鏡の前に立っているのは、「100万円を持っていない私が、100万円を欲しがっている」という状態です。映るのは、お願いの文面だけではありません。「欲しい」「まだない」「叶うかな」「叶わなかったら困る」——その全部を含んだ状態が、そのまま映る。
宇宙が魂を読めないから叶わないのではなく、読めてしまうからこそ、叶わない。

「宇宙にお願いする」という語り方は、スピリチュアルの世界ではごく標準的なものです。トランサーフィンも、宇宙の働きやエネルギーそのものは否定しません。センターの記事自身、「宇宙は、私たちの意図のエネルギーを知覚する」と明言しています。
ただし、「宇宙」が果たす役割の捉え方が違います。かなり単純化すると、次のように並べられます。

よく語られる「宇宙にお願い」の構図
トランサーフィンの初期設定
宇宙に、願いを届ける
世界に、意図を放射する
宇宙が、叶えてくれる
放射に対応する現実が、映し出される
「ください」
「持つ」と決める
願望
意図
叶えてくれるのを、待つ
選んだ現実へ動き、実現を許す
宇宙=願いを聞いてくれる相手
世界=意図を反映する仕組み

どちらが正しいかを言いたいのではありません。前提が違うまま同じ「宇宙」という言葉を使うと、話が混線する——ここで押さえておきたいのは、その違いです。
そして「宇宙にお願いしてきたけれど、叶わなかった」という経験を持つ人ほど、「聞いてもらえなかった」のではなく、「自分は何を発していたのか」という見方に切り替わる意味が、わかりやすいかもしれません。

ゼランド氏は『リアリティ・トランサーフィン』第2巻で、願望と意図の違いを、売店へ新聞を買いに行く人にたとえています。

人が何かを欲しいとき、その人は取り囲む世界のエネルギー分布図上に擾乱をもたらし、これが平衡力の作用を招く。しかし、その人が新聞を買いに売店へ歩いて行くときには、いかなる異質性もそこにはない。

願望は、人生ラインの状況に対して、次のように作用する。『私はこれを受け取りたいと思っているが、受け取れないかもしれない。だから、しくじったときのことを考えてしまい(だって、これは私にとって大切なことだから)、失敗する人生ラインの周波数で思考エネルギーを放射している』。ところが、意図はまったく正反対に作用する。『私は自分が求めているものを受け取ることを知っている。この問題は私にとってすでに決着している。だから私は、欲しいものを受け取る人生ラインの周波数でエネルギーを放射している』。

〔……〕意図は、信じることも望むこともせず、ただ作用するのだ。

ヴァジム・ゼランド『リアリティ・トランサーフィン 第2巻』

この引用でゼランド氏が区別しているのは、「欲しい」と願っている状態と、「手に入る」と知っている状態です。

願望では、「欲しい。でも手に入らないかもしれない」という不安が入り込み、その不安に対応する現実へエネルギーを向けてしまう。
一方、意図では、「必要なものは手に入る」とすでに決着しているため、望む現実の側へ自分を合わせていく。

サマリナ氏が、
「意図とは、すでに存在しているセクターに自分を合わせること。『それはある』と知っていること」
と説明していたのも、同じ違いを別の言葉で表したものです。

そして第1巻の「願望の3つの形」で、願望に「所有し、行動する決意」が加わると意図になる、とされていたのも、この流れにつながります。

「欲しい」から、「ある。だからそこへ向かう」へ。
ここが、願望と意図の分かれ目です。

一番短く言うなら、こうなるでしょう。

宇宙に頼むのではなく、望む現実に自分を合わせる。
「叶えてください」ではなく、「望む現実を選び、そこへ移る」。

※上の対照表は、センター公式記事・サマリナ氏の回答・ゼランド氏の書籍をもとにした編集部の整理です。

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宇宙は、ちゃんと聞いている。
だからこそ、何を発しているかが大事。

「ください」と叫ぶ前に、鏡の前に立つ自分の状態を見る。それが本当に自分の望みかを、魂に聴く。そして、すでにある現実を選び、その到着を急かさない。

Crossover Dimension : HEH

出典:トランサーフィンセンター公式サイトの記事「Почему Вселенная не слышит меня? – Перестаньте загадывать желания! + видео」および掲載動画2本(動画①/動画②、ウェビナー全編はこちら)より翻訳・再構成(動画解説:タチアナ・サマリナ)。
ゼランド氏の引用のうち、書名のみ・または書名を記していないものは、センター公式記事・動画での引用に基づきます(原典の章・頁は未特定)。
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この記事を書いた人

トランサーフィン/タフティのロシア語一次ソースを辿り、誰でも原典へ還れる知のインフラ〈Heh〉をつくっています。
源泉と日本語のあいだに立ち、消費されて終わる「知」ではなく、知から、命(ち)へ。
その道の先で、原典と人生が交差することを願っています。
noteではこのサイトのBackstage的なものを発信しています。→https://note.com/hip_raven7504

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