記事 — Article / お金・仕事
新しい時代のお金──変わるのは、お金か。それとも?──トランサーフィンが問い直す、豊かさと人生の主導権
子どもの頃、お金には「重さ」がありました。
財布の中で音を立てる硬貨。折り目のついた紙幣。めくりにくい新札。
お金は、手に取ることも、数えることも、誰かに手渡すこともできるものでした。
ところが今では、スマートフォンをかざすだけで買い物ができ、銀行口座の数字が画面上で動き、国家や中央銀行が発行しない暗号資産まで登場しています。
お金は、ずいぶん姿を変えました。
けれども、姿が変わったからといって、私たちとお金との関係まで変わったのでしょうか。
「もっと稼がなければ」
「足りなくなったらどうしよう・・・」
「あの人は自分よりずっと豊かだ。それに比べて・・・」
「お金さえあれば、もっと自由に生きられるのに」
目に見えなくなっても、お金は相変わらず、私たちの人生の大きな部分を占めています。
一方、「新しい時代」や「新しい地球」を語る場では、お金そのものが必要なくなる未来も描かれています。
では、私たちが迎えようとしている「新しさ」とは、いったい何なのでしょう?
お金の形が変わることでしょうか。
経済の仕組みが変わることでしょうか。
それとも、お金と関わる私たち自身が変わることなのでしょうか。
今回取り上げるのは、トランサーフィンセンターのタチアナ・サマリナが語る「新しいエネルギーにおける、お金との関わり方のルール」です。
公式サイトの記事と、2020年・2023年に公開された2本の動画をロシア語原文からたどりながら、トランサーフィンがいう「新しい現実」とお金の関係を見ていきます。
その前に、少しだけ。
私たちがこれまで、お金というものに何を見て、何を背負わせてきたのか、あるいは何を押しつけてきたのか。
そこから考えてみたいと思います。
お金は、いつから「悪者」になったのだろう?
「お金のいらない世界になれば、もっと自由に生きられるのに」
そう思ったことはないでしょうか。
お金のために、やりたくない仕事をする。
お金が足りないから、やりたいことを諦める。
お金をめぐって人間関係が壊れる。
生きていくために必要なはずのお金が、いつの間にか、生き方そのものを制限している。
そんな現実を見れば、「いっそ、お金なんてなくなればいいのに」と思うのも無理はないのかもしれません。
時折、スピリチュアルの世界で語られる「資本主義社会の崩壊」や「お金のいらない新しい時代」という未来像には、そうした本音が隠されているように思えます。
けれども、ここで少し立ち止まって考えてみたいのです。
私たちがなくなってほしいと願っているのは、本当に「お金」そのものなのでしょうか。
お金が存在するから、人は争うのでしょうか。
それとも、人間の中にもともとある競争心や支配欲、欠乏への恐怖が、お金を通して表れているのでしょうか。
もちろん、現在の経済システムが生み出している格差や搾取を、個人の心の問題だけに還元することはできません。
制度そのものに改善すべき問題があるのは確かです。
ただ、仮に明日、お金という仕組みがなくなったとしても、人々が他者より多くを手に入れようとしたり、限られた資源を独占したりする行動や動機まで、なくなるものなのでしょうか。
反対に、お金を持つ人が必ずしも強欲なわけではなく、お金を使って誰かを助けたり、新しいものを生み出したりすることもできます。
そう考えると、お金そのものを善悪のどちらかに分類することには、少し無理があるように思えてきます。
そして、トランサーフィンの視点から見ると、もう一つ興味深いことがあります。
「もっとお金が欲しい」←→「お金なんてなくなればいい」
この二つは正反対の願いに見えます。
けれども、どちらもお金に強い重要性を与えているという点では、案外似ているのかもしれません。
お金を追い求めることも、お金を敵視することも、度を越せば、お金に注意を奪われ続けることになる。
トランサーフィンでいう「振り子」との関わり方を考えるうえでも、見逃せないところです。
お金を崇拝することから自由になるのと、お金を憎むことから自由になるのは、もしかすると同じ問題の表と裏なのではないでしょうか。
では、お金そのものを否定するのでも、ひたすら追い求めるのでもない、第三の関わり方はあるのでしょうか。
この問いを考えるとき、HEH編集部が気になるのは、ヴァジム・ゼランドという人物が生きてきた時代です。
国家が崩壊し、経済のルールが一変し、それまで当たり前だったお金の価値さえ大きく揺らいだ時代。
そんな現実を生きた人が、なぜ「お金は属性であり、目標でも手段でもない」と語るのか。
その背景を少し見ておくと、今回のタチアナ・サマリナの言葉も、また違った奥行きを持って聞こえてくるように思います。
国家が崩壊し、お金の価値が消えた時代を生きて
ここで少し、ヴァジム・ゼランドという人物が生きてきた時代に目を向けてみたいと思います。
1991年、ソビエト連邦が崩壊しました。
国家の解体とともに、それまでの社会主義的な計画経済は、市場経済へと大きく舵を切ります。
しかし、その移行は決して穏やかなものではありませんでした。
1992年、ロシアの年間インフレ率は約2,500%(物価が平均して約26倍に上昇する規模)に達しました。
人々が働いて蓄えてきたお金は、短期間で購買力を失っていきます。
一方、国有企業の民営化が進むなかで、政治権力や資産へのアクセスを足がかりに莫大な富を築く人々が現れました。後に「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥の台頭です。
懸命に働いてきた人々が生活の基盤を失う一方で、社会の仕組みが変わったことによって、巨万の富を手にする人々がいた。
そして1998年、ロシアは再び深刻な金融危機に見舞われます。
ソ連崩壊時に30歳前後だったゼランド氏自身も、こうした激動の時代を生きた一人でした。
彼は『Страна Faberlic』誌インタビューで、物理学を専門とし、かつて国防関連の組織で働いていたと語っています。
しかし軍縮によって職場の資金が失われ、IT分野へ転身。
別のインタビューでは、銀行向けのソフトウェア開発にも携わったこと、そして社会全体が崩れていく時期に、自身の生活も揺らいだことにも触れています。
さらに興味深いのは、ゼランド氏自身が、かつての自分を「仕事中毒だった」と振り返っていることです。
一生懸命働き、技術を磨き、努力を重ねれば、何でも達成できると信じていた。
ところが、現実はそうではなかった、と。
彼はインタビューの中で、懸命に働いたからといって豊かになるとは限らず、反対に、それほど努力しなくても莫大な富を手にしている人々がいることを指摘しています。
ここで考えさせられるのは、「努力すれば報われる」というルールそのものが、必ずしも現実を説明できていなかったということです。
もちろん、こうした歴史的経験が、そのままトランサーフィンの成立理由になったと断定することはできません。
ただ、一つの経済体制が崩壊し、新しい体制へと移行しても、人々の間から競争や不安、富をめぐる争いが消えたわけではなかった。
その事実は、今回のテーマを考えるうえで、見逃せない背景ではないでしょうか。
社会主義から資本主義へ。
国家の仕組みも、経済のルールも、劇的に変わりました。
けれども、仕組みが変わることと、その中で生きる人間のあり方が変わることは、同じではありません。
ゲームのルールが変わっても、私たちは相変わらず、そのゲームに参加し続けているのかもしれません。
では、トランサーフィンセンターがいう「古いお金のゲーム」とは、いったいどのようなものなのでしょうか。
ここから、タチアナ・サマリナの言葉をたどっていきます。
古い3次元の「お金のゲーム」
ここでいう「ゲーム」とは、遊びや娯楽のことではありません。
私たちが日常の中で、いつの間にか参加している、さまざまな競争や社会的なルールのことです。
「もっと稼がなければならない」
「成功するには人より優秀でなければならない」
「欲しいものは、ローンを組んででも今すぐ手に入れたい」
一つひとつは、特別なことではありません。誰もが一度は考えたり、実際に行動したりしたことがあるのではないでしょうか。
けれども、そこで一つ問いが生まれます。
そのルールは、いったい誰が決めたのでしょうか?
そして私たちは、そのルールに従って生きることを、自分自身で選んだのでしょうか?
トランサーフィンでは、人々の注意を引きつけ、同じ方向へと考えさせ、行動させるエネルギー情報構造を「振り子/ペンデュラム」と呼びます。
お金もまた、非常に強力な振り子の一つとして扱われています。
「もっと稼げ」
「ライバルに勝て」
「今すぐ買え」
こうした呼びかけに反応しているうちに、いつしか、お金を得ることや競争に勝つことが、人生そのものの目的になってしまう。
最初は、自分の暮らしをよくするためだったはずなのに。
自分が本当は何を望んでいるのか、何のために働いているのか、どんな人生を送りたいのか。
そうした問いを置き去りにしたまま、目の前の出来事に反応し、与えられたルールに従い続ける。
トランサーフィンやタフティでは、このように、自分自身や自分の注意の向かう先に気づかず、自動的に反応している状態を「眠り」と呼びます。
眠っているとは、考える力がないという意味ではありません。
むしろ、毎日たくさんのことを考え、判断し、忙しく行動していても、自分が何に動かされているのかには無自覚で、気づいていないことがあるのです。
そしてタチアナ・サマリナは、ここからさらに大きな視点へと話を進めます。
私たちは、お金のゲームに参加し、その影響のもとで眠りに落ちていくうちに、自分が本当は何者で、なぜこの転生で地球へやって来たのかを忘れてしまった、と。
自分の目標や使命、神聖な本質。そして、ある経験を得るために、自らこのゲームに参加することを選んだということさえも忘れてしまった、とサマリナ氏はいいます。しかし、
その経験は、もう得ました。
次の「レベル」へ進む時です。
では、次のレベルでは何が変わるのでしょうか。
それは、お金をなくすことでも、仕事をしなくなることでもありません。
地球が新しい次元へ移行しつつある今、自分が本質において何者であるかを思い出し、осознанность(オソズナンノスチ)──自分自身と現実への真の気づきをもって、新しいゲームを始めることだと語られます。
それは、あなたが自分の現実の、正当な権利をもつ〈決する者〉となるゲーム。もはやストレスも、恐怖も、経済的な問題も、過大な重要性もないゲームです。
では、そこには何があるのか。あなたがそのゲームを満たしたいと望むもの——好きな仕事、創造、愛、お金、豊かさ、そして繁栄です。
トランサーフィンセンター公式サイト「新しいエネルギーにおける、お金との関わり方のルール」
ここで、一つ注目しておきたいのは、新しいゲームを満たすものの中に、「お金」がはっきりと含まれていることです。
なくなるのは、お金そのものではありません。
変わろうとしているのは、そのお金と、私たちがどのような関係を結ぶかということです。
原語は Вершитель(ヴェルシーチェリ)。当サイトでは、ヴァジム・ゼランドの書名『Вершитель реальности』の訳語に合わせて「現実を決する者」と訳しています。
何かを無から生み出す「創造主(Творец)」とは別の語で、意図を現実へと運び、決着させる立場を指します。この役割の違いを残すために、当サイトではこの訳語に統一しています。
では、古いエネルギーの中で、人々はどのようなルールに従い、お金と関わってきたのでしょうか。
サマリナ氏は、その特徴として、闘争、分断、競争、嫉妬を挙げています。
誰もが自分のことだけを考え、どうすれば少しでも多くのお金を手に入れられるかを競い合う。
そのような状態を生み出していた「古いルール」から、具体的に見ていきましょう。
豊かさを求めて、何を「当たり前」にしてきたのか
「もっと働けば、もっと豊かになれる」
「成功するには、人より先へ進まなければならない」
「せめて、自分の暮らしだけは守らなければならない」
こうした考え方は、特別なものではありません。
誰かに命じられた覚えがなくても、いつの間にか、社会の「当たり前」として身についていたのかもしれません。
けれども、その当たり前を一つずつ並べてみると、ある風景が浮かび上がってきます。
人と人が分かれ、互いを競争相手として見つめ、誰もが自分の取り分を守ろうとする世界。
私たちは、いつからそれを「豊かになるための道」だと信じるようになったのでしょうか。
トランサーフィンセンターでは、古い時代のお金との関わりを形づくっていた考え方を、次の五つにまとめています。
「他人なんてどうでもいい。大事なのは、自分がうまくいっていること」
「地球で何が起きていようと関係ない。大事なのは、自分の小さな世界が平穏であること」
「分割して統治せよ」
(※もともと政治や統治の世界で使われてきた考え方です。
人々が協力するよりも、互いを敵や競争相手として見ているほうが、支配する側にとって都合がよい。
こうした構造は、国家間の関係だけでなく、企業間の競争や、私たちの日常の人間関係にも見いだすことができます。
ただし、企業間の競争がすべて「分断統治」に当たるわけではありません。)
「お金と成功を手にするには、たくさん、必死に働かなければならない」
「たとえ人を踏み台にしてでも、ライバルを必ず出し抜かなければならない」
これらのルールに共通しているのは、自分と他者を切り離し、世界を競争の場として捉える姿勢です。
より多くを得ようとし、失わないように身構え、誰かに追い越されないように走り続ける。
その先にあったのは、果たして私たちが望んでいた豊かさだったのでしょうか。
サマリナ氏は、こうした原則によって、人々は絶えず均衡を失い、生き残りと競争のエネルギーの中にとどまってきたと説明します。
そして、これらのエネルギーを手放すとき、осознанность(オソズナンノスチ)──真の気づきのレベルが高まり、意識は次の段階へと進んでいく、と。
そこで初めて、私たちは、これまでとは異なる状態からお金と関わることができるようになるのだと語っています。
ここで否定されているのは、働くことや努力そのものではありません。
問題にされているのは、「お金と成功を手にするには、身を粉にして働かなければならない」という、いつの間にか当たり前になっていた前提です。
長く働いたからといって、収入がそれに比例して増えるとは限りません。
反対に、誰かと協力し、新しい価値を生み出すことで、一人では得られなかった成果につながることもあります。
もちろん、生活のために懸命に働かなければならない現実を否定する話ではありません。
ここで問い直されているのは、働くことの価値ではなく、苦労の大きさと豊かさを結びつける考え方なのではないでしょうか。
この点については、当サイトの記事「お金の振り子に振り回されず、”味方につける”トランサーフィンの秘訣」でも取り上げています。
「新しいエネルギー」とは、何が新しいのか
ここまで見てきたのは、競争し、奪い合い、他者よりも多くを手に入れようとする、古い時代のお金との関わり方でした。
では、そのルールから離れた先には、何があるのでしょうか。
ここで登場するのが、タチアナ・サマリナのいう「新しいエネルギー」です。
少し聞き慣れない表現かもしれません。
トランサーフィンセンターでは、地球が新しい次元へと移行し、それに伴って、人間の意識や世界との関わり方も変化していくと捉えています。
「新しいエネルギー」とは、そうした新しい時代を特徴づけるエネルギーを指す言葉です。
ただし、今回のテーマは、新しい通貨や決済の仕組みでも、社会の経済制度がどう変わるかという予測でもありません。
同じ「お金」というものに対して、私たちがどのような状態から、どのように関わっていくのか。
そこに焦点が当てられています。
これまでのように、失うことを恐れ、誰かと競い、少しでも多くを手に入れようとするのではなく、別の状態からお金と関わるとしたら。
何を大切にし、どこに注意を向け、他者や世界とどのような関係を築いていくのでしょうか。
サマリナ氏は、そのための具体的な指針として、五つの原則を示しています。
2020年に公開された動画の中で、彼女はこう呼びかけます。
「新しいお金との関わり方の原則を、感じて、受け入れてください」
では、その五つを順に見ていきましょう。
毎朝、意識してこの状態に入ってください。あなたの人生にあるすべてのものについて、宇宙に感謝する。「感謝できることは、きっと皆さんにあるはずです」とサマリナ氏は添えています。
そして、周りの人々へ、世界全体へ、心からの愛を放射してください。
人から、世界から何かを受け取ったら、お返しに何かを与えてください。気前のよさ、豊かさ、繁栄の状態から——ただ繁栄を分かち合いたいという願望から、分かち合うのです。そうすれば、与えるほどに、多くを受け取るようになるといいます。
動画では、ここに一言が添えられています。
「ただし、心から分かち合ってください」
「与えるほど受け取る」と聞くと、ビジネスの世界でよく語られる「まず先に与えましょう」という考え方を思い浮かべるかもしれません。
先に価値を提供し、信頼を得て、やがて利益として回収する。
それも一つの取引の形ですが、最初から見返りを得ることが目的なら、「与える」は「受け取る」ための手段になってしまいます。
けれども、2023年の動画(第5章)で、サマリナ氏は違う方向を示しています。
分かち合うのは、「そうすべきだから」でも、「何かの配当が返ってくるから」でもありません。
自分自身が満たされ、内側に喜びを感じているとき、分かち合うことは自然に起こるのです、と。
ここでいう「与える・受け取る」は、二人の間を往復する一本の直線というより、円(サークルや球体)のようにもっと広い世界との循環として捉えられるのではないでしょうか。
誰かから受け取った知識を、別の誰かに伝える。
人から得た助けや経験を、別の場所での創造に生かす。自分が差し出したものが、思いもよらないところで誰かの役に立つこともある。
必ずしも、与えた相手から、同じものを受け取る必要はありません。
ただし、これは「与えれば必ず何倍にもなって返ってくる」からやるというものでもなければ、仕事の対価を受け取らず、無償で与え続けなさいという意味でもありません。
「受け取るために与える」のではなく、「受け取ってきたものを、世界へどう差し出すか」。
その違いに、サマリナ氏のいう「心から分かち合う」という言葉の意味が見えてくるように思います。
(循環としての捉え方は、2023年の発言を踏まえたHEH編集部の解釈です。)
世界のすべては、均衡とバランスのうちにあるべきものです。お金に対して重要性を高めないこと。過剰ポテンシャルをつくらないこと。
ストレスから自由になり、内なる調和と、くつろぎを目指してください。
先にあるのは、稼ぐ金額ではなく、あなたが人生で何をしたいか、です。
お金から、好きな仕事へ、あなたを奮い立たせるものへ、心惹かれる目標へと注意を移したとき、経済状況はおのずと良くなっていく——と語られます。
新しいエネルギーのなかで、とりわけはっきりと現れてくる原則です。
自分にとって身近で、心から関心の持てる何かのために集まり、ともに働き、ともに創り、ともに生み出す人々が、最も大きな成果と、そしてもちろん成功を手にするといいます。
「感謝と愛」「与えることと受け取ること」「均衡を保つこと」「お金から創造へ注意を移すこと」そして、「他者とともに創り出すこと」
これが、トランサーフィンセンターで示された「新しいエネルギー」における、お金との関わりの5原則です。
サマリナ氏は、これらを実践することで意識が発達し、その結果として、お金との関わり方もまったく別の段階へ進むことができる、と語っています。
つまり、変えようとしているのは、お金そのものではなく、お金に向き合う私たち自身のあり方、状態なのです。
「お金がない」「足りない」「もっと必要だ」。
私たちは日常の中で、どれほど頻繁にこうしたことを考えているでしょうか。
もちろん、実際に生活費が不足しているなら、それは対処しなければならない現実の問題です。
けれども、そこから「お金がないから何もできない」「お金さえあれば幸せになれる」「この先もずっと足りないかもしれない」と考え始めたとき、何が起きているのでしょう。
不足という事実が、いつの間にか、人生全体を左右するほど大きな存在になっているのかもしれません。
『リアリティ・トランサーフィン』第1巻で、ヴァジム・ゼランドは、お金が足りないことへの絶え間ない不満や、失うことへの恐怖を取り上げています。
そして、お金への依存関係や、手に入れたいという強い願望が、過剰ポテンシャルを生み出すと説明しています。
「お金が欲しい」という執着だけでなく、「お金がない」という不足への執着も、お金の重要性を高めるのです。(その結果ますます豊かさからは遠ざかります。)
これは、先ほどの原則03「均衡の法則」と、原則04「注意の焦点を、お金から創造へ移す」がつながるところでもあります。
お金の重要性を下げるとは、お金を軽視することではありません。
また、不足を見ないふりをすることでもありません。
「ないもの」に奪われていた注意を取り戻し、今あるもの、今できること、自分が本当に実現したいことへと向け直していくこと。
お金がないという現実に対処することと、お金がないという思いに自分自身を明け渡すことは、違うのです。
それが、ここでいう「気づき(オソズナンノスチ)」を日常で働かせることの一つではないでしょうか。
この章の中心概念です。重要性 / 過剰ポテンシャル / 振り子。「放射」の仕組みは「あなたの人生は24時間ライブ放送中!」で詳しく扱っています。
「お金はどこから来る?」──その問いに隠れているもの
お金に振り回されず、自分が本当にやりたいことへ注意を向ける。
その大切さは理解できても、いざ現実の暮らしに目を向ければ、こんな疑問が浮かんでくるかもしれません。
「でも、生活費はどうするの?」
「やりたいことをするためのお金は、どこから来るの?」
ごく自然に思えるこの問いに対して、サマリナ氏は、少し驚くような言葉を投げかけます。
覚えておいてください。
「どうやって?」
「お金は、どこから来るの?」
「いったい今、何が起きているの?」——こうした問いが湧いてきたとたん、それは、あなたが眠っている(あるいは、眠りに落ちかけている)ということであり、その状態では、もう何もできません。
タチアナ・サマリナ「新しいエネルギーにおける、お金との関わり方のルール」(2020年9月25日)
システムの影響に屈しないでください。
システムの任務は、あなたの注意をとらえ、エネルギーをとらえることです。
いまシステムは、かつてないほど積極的に、あなたの恐怖を利用しています。
あなたや大切な人の健康と命への恐怖。お金を失い、生活の糧をなくすことへの恐怖。
それが世界中でいま起きているのを、あなたも目にしているはずです。
осознанность──真の気づきのスイッチを入れ、システムによって見せられている姿よりも、ずっと広く、深く、起きていることを見てください。
自分の注意を管理し、新しいエネルギーにおける、お金との関わりの原則を守ってください。
「どうやって生活費を払おうか」「必要なお金をどう用意しようか」。
現実に暮らしていく以上、こうしたことを考えるのは当然です。
では、なぜサマリナ氏は、「どうやって?」という問いが浮かんだ瞬間、私たちは「眠っている」と言うのでしょうか。
ここでHEH編集部が思い出したのが、「お金の問題があるとIQが下がる」という話です。
2013年、科学誌『Science』に掲載された研究「Poverty Impedes Cognitive Function(貧困は認知機能を阻害する)」では、経済的な負担について考えることで、認知テストの成績が低下する場合があることが報告されました。
例えば、収入の少ない人が高額な車の修理費について考えた場合、その後の認知テストの成績が低下しました。
これは、その人の知能そのものが低くなったという意味ではありません。
研究者たちは、お金に関する心配が頭の中の処理能力を使ってしまい、ほかのことを考えるための余裕が少なくなる可能性を指摘しています。
お金が足りない。失ったらどうしよう。この先、生活していけるだろうか。
そんな不安で頭がいっぱいになると、目の前の問題に対処することだけで精いっぱいになり、ほかの選択肢や、自分が本当は何をしたかったのかまで考える余裕がなくなってしまうことがあります。
ここに、トランサーフィンでいう「眠り」と重なる部分があるのではないでしょうか。
けれども、『タフティ』では、もう一歩先の実践が示されています。
何かが起きたら、それをきっかけに目を覚ます。
タフティは、周囲の出来事を目覚めるための「トリガー」として利用するよう教えています。
さらに、問題や不快な出来事も、眠りに引き込まれる原因としてではなく、自分を目覚めさせるアラームとして使うのです。
だとすれば、「お金がない、どうしよう」と不安になったときも、そこで立ち止まることができます。
「ああ、今、自分はお金の不安に注意を奪われているんだな」
そう気づいたとき、さっきまで自分を振り回していた問題が、目を覚ますための合図に変わります。
もちろん、目覚めたからといって、必要な支払いや生活費が消えるわけではありません。
けれど、恐怖に追い立てられて反応するのか、今の自分と状況を見つめ、必要な行動を選ぶのかでは、大きな違いがあります。
常に、自分の注意をどこへ向けるか。
サマリナ氏が最後に呼びかける「気づきのスイッチを入れ、自分の注意を管理してください」という言葉は、こうした実践にもつながっていると読めるのではないでしょうか。
(※出来事を目覚めの合図として使う方法は『タフティ』の教えですが、認知機能の研究からの考察、また、両者の関連づけはHEH編集部の考察です。)
「健康と命への恐怖」「生活の糧を失うことへの恐怖」「世界中でいま起きている」。
この記事をとりあげた2026年の現在、この一節を読むと、少し唐突に感じられるかもしれません。
けれども、ここで一度、時計を2020年9月に戻してみましょう。
この動画が公開されたのは、2020年9月25日。
新型コロナウイルスの感染拡大が続き、世界中の人々が、自分や家族の健康、仕事、収入、これからの生活に不安を抱えていた時期です。
そう考えると、サマリナ氏のいう「恐怖」は、遠い未来の話でも、抽象的な精神論でもありません。
まさに当時、人々が日々直面していた現実のことだったと考えられます。
その状況を、サマリナ氏はトランサーフィンの視点から、「システムが人々の恐怖を利用し、注意とエネルギーを奪っている」と捉えています。
なお、「健康と命への恐怖」に関する記述は公式サイトの記事にあり、2020年9月の動画には含まれていません。
記事の正確な公開日は確認できませんが、動画と記事の内容は大部分が共通しており、同時期の社会状況を背景として読むのが自然でしょう。
問題は、恐怖を感じることそのものではなく、恐怖によって自分の注意が奪われ、そのまま恐怖にはりつきっぱなしになっていることに、気づけなくなること。
その問いかけは、2020年だけでなく、現在の私たちにも向けられているように思います。
「眠り」とは何か、なぜ目を覚ます必要があるのかは「起きているのに、眠っている?」で。不安が押し寄せてきたときの向き合い方は、Q&A「お金の不安が、押し寄せてくる」をどうぞ。
「気づき」そのものを深めたい方は、「気づき」では足りない?──トランサーフィンとタフティの土台、ОСОЗНАННОСТЬ(オソズナンノスチ)とはもあわせてどうぞ。
知っていたはずなのに、なぜお金に振り回されるのか
お金に対する重要性を下げること。
お金そのものではなく、自分が本当にやりたいことへ注意を向けること。
2020年9月にサマリナ氏が示した五つの原則を振り返ると、ある疑問が浮かんできます。
その大切さを理解することと、実際にそのように生きることは、同じなのでしょうか。
1本目の動画から2年4か月後の2023年1月25日。
サマリナ氏は、新しい時代のお金との関わりについて、もう一度語っています。
そこで彼女が立ち返ったのは、実は『リアリティ・トランサーフィン』の第1巻から語られてきた、ある基本原則でした。
「お金は、目標の属性である」
「属性」という言葉は、少しわかりにくいかもしれません。
日常的な言い方をするなら、「目的に付いてくるもの」、あるいは「副産物」に近い意味です。
ヴァジム・ゼランドは第1巻で、お金は目的そのものでも、目的を達成するための手段でもなく、目的へ向かう道に付いてくるものだと説明しています。
例えば、自分の家でバラを育てながら暮らしたいと願う人がいたとします。
その人が本当に望んでいるのは、銀行口座の残高を増やすことでしょうか。それとも、庭に咲くバラに囲まれて暮らすことでしょうか。
ゼランド氏がいう「目標」は後者です。
銀行残高を増やすことを人生の目標にするのではなく、自分が本当に望む人生を目指すということ。そして、お金はその目標に付随するものとして捉えているのがトランサーフィンの考え方です。
では、そのことを本で読み、知識として理解していた人々は、実際にお金との関係を変えられていたのでしょうか。
2023年の動画で、サマリナ氏はそこに踏み込んでいきます。
「属性」だと知りながら、お金に振り回されていた
2004年『リアリティ・トランサーフィン第1巻』の刊行以来、お金は目標そのものではなく、目標に付いてくる「属性」だと繰り返し述べられてきました。
けれども、私たちは本当に、そのようにお金と関わってきたのでしょうか。
2023年の動画で、サマリナ氏は、古い現実の中では、お金は私たちにとって、むしろ「振り子」のような存在だったと振り返ります。
しかも、私たちはそのことに気づいてもいなければ、認めようともしていなかった、と。
本を読んで、私たちは「お金は目標の属性だ」と口にしていました。
けれど実際には、お金が属性だと実感できている人は、今でも決して多くはない——とサマリナ氏は言います。
知識として理解していたことと、実際のお金との関わり方が、一致していなかったのです。
もしそれを本当に自覚し、感じていたなら、私たちは落ち着いて、興味のある、好きなことに取り組んでいたはずです。
タチアナ・サマリナ「新しい時代における、お金のエネルギーとの関わりの特徴」(2023年1月25日)
そしてお金は、それに伴う属性として、あなたのところへ流れてきていたでしょう。
では、知識として知っていた「お金は目標の属性である」という考え方を、実際の暮らしの中でどう生かせばよいのでしょうか。
サマリナ氏は、新しい時代には、この考え方をさらに一歩進めていくのだと語ります。
それは、お金を追い求める対象としてではなく、自分の目標に付いてくるもの、そしてエネルギーとして捉えることを、より重視するということです。
そのために変えるのが、自分の注意を向ける先です。
「どうすれば、もっとお金を得られるか」から、「自分は何をすることに心から喜びを感じるのか」へ。
さらに、自分が好きなことをするだけでなく、そこで生み出したものを、どのように世界へ差し出し、他の人々と分かち合っていくのか。
お金を中心に人生を考えるのではなく、自分が実現したい人生を中心に、お金との関係を捉え直していく。
サマリナ氏がここで語っているのは、そうした注意の向け方と、お金との関わり方の変化なのです。
「お金は目標の属性」という考え方そのものは、「お金は、真の目標の属性である──それって、どういう意味?」で詳しく扱っています。
焦点が「自分」から「世界」へ
新しいエネルギー、新しい時代には、焦点が自分から世界へ移ります。
人のため、世界のためになり、同時に自分にも喜びをもたらすことを始める。すると世界観の組み立て方が変わり、エネルギーの流れ方も変わってくるのです。
古い現実にあったような、「人のことを考えて分かち合いはじめたら、自分はどうなるの? まずは自分の面倒を見なきゃ」という発想が、そこにはもうありません。
とはいえ、新しいエネルギーでも、一人ひとりが自分を大切にすることは語られています——この肉体に宿ったスピリットという視点から。満たされ、内側に喜びを感じ、魔法のような状態にあるとき、分かち合うことは本当にたやすく、自分からそうしたくなるのです。
「そうすべきだから」でも、
「何かの配当が返ってくるから」でもない。
そんなことはまるで考えず、ただ、そう生きている。
中立なエネルギーを、何色に染めるか
それがすでに生活の一部になると、あなたはお金をエネルギーとして感じるようになり、お金に何か途方もないものを背負わせることをやめます。お金に対する過剰ポテンシャルは、もうありません。
それはただのエネルギーで、本質的には中立です。けれど、あなたはあらゆるものを、自分で何かの色に染めている。だからここでも、お金のエネルギーを、感謝の色、喜びの色、軽やかさの色に染めるのです。——そして、そのエネルギーに、お金がやって来ます。
タチアナ・サマリナ「新しい時代における、お金のエネルギーとの関わりの特徴」(2023年1月25日)
焦点を移すと、お金との関わりは軽くなります。お金のことはほとんど考えず、ただ自分が気に入っている人生の絵をかたちづくる。そしてその絵は、あなたのスピリットの理解と感覚からやって来るのだ、と。
「月にいくら以上」と書いていた頃
古いエネルギーのなかで「自分は何を望んでいるか」を思い描こうとしたとき、人々が描いていたのは、たいていマンション、車、家、旅行といった物質的な恵みでした。それで全部。
そしてもちろん、一定の収入。サマリナ氏は、自分自身もかつて「月にいくら以上」と意図に書き込むよう伝えていた、と振り返ります。
ここで、私たちはもう重心を移しています。
なぜ、重心が移るのか
なぜ、そうなるのでしょうか。
新しいエネルギーのなかでは、エネルギーとしてのお金は、原則として生まれたときから与えられているからだ、とサマリナ氏は言います。
古いエネルギーでも、それは与えられてはいました。
ただ私たちは、自分の意識によって、そのエネルギーに対して閉ざされていたのです。
いまは、すべてが軽やかに、おのずと起こるほど開かれている——と。
「これは本当にそうなのです」
もちろん、そのためには、新しいエネルギーに自分を開き、お金との関わり方を変えていく必要があります。
サマリナ氏が勧めているのは、新しい情報に触れ、自分の意識を広げること。そして、お金というものを、これまでとは違う視点から見つめ直すことです。
お金は、必死になって獲得しなければならないものなのか。失うことを恐れ、常に追いかけ続けるものなのか。
それとも、自分が本当に実現したい人生に付いてくるものなのか。
お金そのものを変えるのではなく、お金についての自分の認識を変えていく。
2023年の動画は、そうした意識の転換を促す言葉で締めくくられています。
▲ 目次に戻る結び ── 古いゲームを、降りる
この記事を書いている2026年10月下旬、社会ではGMOインターネットのサービスをめぐる大規模なサイバー攻撃が問題になっています。
取引口座への不正操作、顧客情報の流出、攻撃者による金銭の要求。
私たちの暮らしを支えるお金は、いまや紙幣や硬貨だけではなく、画面の中の数字として管理され、その背後にある複雑なシステムによって動いています。
けれど、その仕組みが脅かされたとき、私たちは改めて思考するのではないでしょうか。
自分の財産を守れるのか、明日の生活は大丈夫なのか、これまで信頼していた仕組みは本当に安全なのか、など。
1本目の動画が公開された2020年9月、コロナ禍のただ中で、タチアナ・サマリナは「健康と命への恐怖」「生活の糧を失うことへの恐怖」について語っていました。
それから6年。
世界を揺るがす出来事の姿は変わっても、私たちの注意を一瞬で奪ってしまう恐怖は、今もそこにあります。
命やお金が絡むとなおさらです。
もちろん、現実に起きた被害には対処しなければなりません。事実を確かめ、必要な対策を取り、責任の所在を明らかにすることも。
けれど、その一方で、もう一つ問われていることがあるのではないでしょうか。
何が起きたかだけでなく、起きたことに対して、私たちはどう反応し、どこへ注意を向けているのか。
お金を得ることに追われる。失うことを恐れる。誰かと比較し、奪われまいと身構える。
そんな古いゲームから降りるとは、お金を必要としなくなることではありません。
お金に、自分の人生の主導権まで明け渡さないこと。
2023年の動画で、サマリナ氏は「あなたはあらゆるものを、自分で何かの色に染めている」と語っています。
お金の姿が変わっても、社会の仕組みが変わっても、最後に問われるのは、そこに生きる私たち自身のあり方なのかもしれません。
私は、何を恐れて生きるのか。
それとも、何を創り出すために生きるのか。
お金の振り子との具体的な関わり方は「お金の振り子に振り回されず、”味方につける”トランサーフィンの秘訣」で。「新しい時代」という言葉の位置づけは「新しい時代、トランサーフィン、タフティ──3つは、どうつながっている?」をどうぞ。
お金は、消えない。
手放すのは、古いゲームのほう。
お金は、本質的に中立なエネルギー。それを何色に染めるかは、あなたの側にある。
