実践・ワーク ── トランサーフィンセンター
過去への扉を閉じる
──「もう終わったこと」が、まだあなたを動かしているとしたら
終わったはずなのに、なぜか終わっていない。
もう何年も前のことなのに、ふと思い出すと腹が立つ。
「あのとき、ああしていれば」と何度も考えてしまう。
子どもの頃に怖かったことが、今でもどこかに残っている。
ずっと前に別れた人なのに、なぜか心の中ではまだ関係が続いている。
頭では、「もう過去のことだ」とわかっている。
それでも、何かの拍子にそこへ戻ってしまう。
トランサーフィンセンターには、こうした
「過去が手放してくれない」
という相談が数多く寄せられるといいます。
恨みを許すことができない。古い思い込みや、子どもの頃の恐怖から解放されない。
ずっと前に別れた人を忘れられない——。
今回取り上げるのは、そうした「過去」とのつながりを扱う実践、「過去への扉を閉じる」です。
それが、トランサーフィンやタフティの実践のなかで、どのような位置づけにあたるのか。
今回お届けするのは、トランサーフィンセンターの公開記事と、タチアナ・サマリナによる同名の動画を翻訳・再構成したものです。
所要10分ほど、立ったままでも座ったままでもできる、短い実践(ワーク)の全手順を収録しています。
気にならなくなった過去も、終わっているとは限らない
「過去が手放してくれない」と聞くと、何年も同じ出来事について思い出し、苦しんでいる状態を想像するかもしれません。
けれども、サマリナ氏の説明を読むと、この実践が扱っているのは、それだけではないことがわかります。
むしろ気になったのは、動画の中にある次の一節でした。
たとえ日常の慌ただしさの中で、それらがあまりあなたを悩ませていないように見えたとしても、それでもなお、それらのつながりや感情を維持するために、あなたのエネルギーが消費されているのです。
タチアナ・サマリナ/実践「過去への扉を閉じる」動画より
つまり、「もう思い出さない」ことと、「もうつながっていない」ことは、同じではないということです。
普段は思い出さない。
思い出しても、以前ほど腹は立たない。
自分では「もう終わったこと」だと思っている。
それでも、その出来事や人とのつながりが残っているなら、その維持には今もエネルギーが使われている——少なくとも、この実践ではそのように捉えられています。
そもそも、なぜ過去への扉を閉じる必要があるのでしょうか。
トランサーフィンセンターに掲載されている「過去」を扱った複数の記事をあわせて読むと、その背景が見えてきます。
ひとつの鍵になるのが、注意の向け先です。
『過去を手放すには?』というQ&Aでは、過去を手放すためには、まず「これからどこへ進みたいのか」を理解すること、そして自分を本当に鼓舞する目標へ注意のフォーカスを移すことが勧められています。
逆に、思考が過去にとどまり続けているとき、私たちは自分の現実を創っていない、と説明されています。
さらに別の記事『過去に囚われるのをやめるにはどうすればいいか?』では、過去は感情のレベルで私たちを「引きずり込む」ことがあるとしたうえで、過去ではなく、これから向かう方向へ注意を向けることが重要だとされています。そして、かなり直接的にこういう関係が示されています。
注意を向ける。
↓
そこへエネルギーが送られる。
↓
その方向に、別の現実を創っていく。
だとすれば、「過去への扉を閉じる」という実践は、嫌な過去を消すためのものでもなければ、蓋をしてなかったことにするものでもありません。
実際、トラウマ的な経験についての別のQ&Aでは、「なかったことにする」だけでは痛みは残り、何かの出来事をきっかけに再び感情が呼び起こされると説明されています。
かといって、その経験や感情と闘い続けることも勧められていません。
経験を無視せず、受け入れて見つめながらも、そこへ感情的に巻き込まれないことが示されています。
つまり、ここで閉じようとしているのは、過去そのものではなく、過去が今の自分の注意とエネルギーを引き続けている状態とみることができます。
厄介なことに、「引きずっている」ことに必ずしも積極的な自覚がなくても、サマリナ氏が言うように、古い出来事とのつながりや感情を維持するためにエネルギーが使われ続ける場合もあります。
「もう昔のことだから」と忘れることと、その過去とのつながりが終わっていることは、同じではないことがうかがえます。
だからサマリナ氏は、実践「過去への扉を閉じる」を正しく行えたなら、軽やかな感覚とエネルギーの満ち溢れが現れるだろう、と言います。
もし、過去の重荷を手放して前へ進みたいと思ったなら、サマリナ氏は次のワークを勧めています。
実践「過去への扉を閉じる」── 全手順
この実践は、立っても座っても行うことができます。自分にとって最も快適な姿勢を選んでください。
公式サイトでは、実践は10の手順に分けて示されています。
以下では、その10項目を省略せずすべて掲載したうえで、実践しやすいよう内容の流れに沿って6つの段階にまとめています。
各見出しには、対応する公式の手順番号も併記します。
実践に向けて、心身を整えます。キャンドルを灯したり、穏やかな音楽をかけたりしてもよいでしょう。
リラックスします。息を吐くときにリラックスしながら、10〜20回の呼吸のサイクルを、軽く穏やかに行ってください。
そして、思考(マインド)を解放します。
(※思考を「無」にしたり、消そうとするのではなく、空を流れる雲のように、追いかけず流れるままにしてください。)
自分の背後に、過去へ通じる開いた扉を想像してください。
その扉の向こうに、自分の過去を想像します。思い浮かぶ、どんなイメージでも構いません。
自分がその過去のイメージと、細い銀色の糸でつながっているのを感じてください。
その糸は、肩甲骨の高さの胸郭(胸)の領域から出ています。
呼吸と共に、息を吐くときに、つながっている糸とその過去のイメージ自体を黄金色の光で満たします。
身体全体に軽やかさ、喜び、充実感を感じるまで、イメージを光で満たし続けてください。
息を吸い、息を吐きながら、あなたと過去をつないでいる糸を光の中に溶かします。
あなたの(過去の)イメージが明るく光り輝いていることに注目してください。これで扉を閉じることができます。
そして、扉のイメージを、溶かすように消していきます。
さらに数分間、感謝と愛の状態で過ごしてください。
このワークの手順を追っていくと、ひとつ特徴的なことがあります。それは、
過去とのつながりを、力ずくで断ち切ろうとはしていないということです。
銀色の糸をハサミで切るのではなく、まず糸と過去のイメージを黄金色の光で満たします。
そして、体に軽やかさや喜び、充実感を感じるまで続けたあと、その糸を光の中に溶かします。
過去のイメージについても同じです。消したり、追い払ったりするのではなく、明るく光り輝いていることを確認してから扉を閉じます。
そして最後は、感謝と愛の状態で数分間過ごすことで締めくくられます。
つまり少なくとも、このワークの手順は、
「嫌な過去だから切り捨てる」のではなく、
「過去とのつながりの状態を変えたうえで、扉を閉じる」という流れになっています。
ひとつずつ、過去とのつながりをほどいていく
サマリナ氏は、このワークを一度だけでなく、何度も繰り返してよいと語ります。
対象になるのは、古い恨み、不要になった昔のつながり、過去の過ち(間違った行い)など。
すべてを一度に片づける必要はありません。
その都度ひとつひとつ取り上げ、過去とのつながりを光の中に溶かし、扉を閉じる。
必要に応じて、この手順を繰り返していくことができます。
そして最後に、サマリナ氏はもう一度、視線を「過去」から「これから」へ戻しています。
▲ 目次に戻るいま私たちには、3Dシステムの押し付けられたプログラムの影響下にあった間に得たその経験に、目覚めて気づく(自覚する)という、またとない機会があります。
タチアナ・サマリナ/トランサーフィンセンター公式サイト記事の結びより
それを手放し、自分の魂の願望に従って人生を築き始めてください。
そうして初めて、「あなた自身の本当の人生」を生きることができるのです。
結び ── 過去に動かされる側から、自分の人生を生きる側へ
この記事の冒頭は、「過去が手放してくれない」という言葉からはじまりました。
「過去を手放せない」ではなく、「過去が手放してくれない」。
似ているようで、主語が逆です。
「過去を手放せない」なら、過去を握っているのは自分です。
けれども「過去が手放してくれない」では、過去のほうがこちらをつかんでいます。
本人が気づいている、いないにかかわらず。
ここでの実践「過去への扉を閉じる」は、誰が誰を動かしているのか、その「主」を取り戻すための扉として読むこともできます。
記事の最後でサマリナ氏が語った『目覚め』、そして『3Dシステムから押し付けられたプログラムの影響下で得た経験をосознать(アサズナーチ)する機会がある』ということ。
ここでいう осознать(アサズナーチ)は、日本語の「気づく」「自覚する」だけでは、少し伝わりにくい言葉です。
単に、「そういえば、こんな過去があった」と思い出すことではありません。
それまで自分を動かしていた経験を、目覚めた側から意識して捉え直すこと——この記事では、そのように読んでいます。
そう読むと、「過去への扉を閉じる」という実践の意味も一段深く見えてきます。
扉を閉じるのは、過去を拒絶するためでも、記憶を消すためでもない。
過去に動かされ続ける側から、自分の人生を築く側へ戻るため。
最初は、過去が主語でした。
過去が主語のとき、「私は今ここで判断している」と思っていても、実際には、過去に形成された経験やプログラムが、今の自分を動かしている場合があります。
だから「過去が私を手放してくれない」と感じるのかもしれません。
けれども、サマリナ氏の最後の言葉では、それをひっくり返しています。
これから、自分はどこへ注意を向け、どんな人生を築いていくのか。
過去の扉を閉じるとは、単なる「嫌な思い出を軽くしましょう」ではなくて、自分の人生の「主」を、自分の側へ取り戻すことなのかもしれません。
結びで触れられている「3Dシステムのプログラム」と「目覚め」については、「起きているのに、眠っている?」で詳しく扱っています。システムとの関係そのものを問い直すなら、「システムの『歯車』であることをやめ、自由になるには?」もどうぞ。
過去に動かされる側から、
自分の人生を築く側へ。
