大切な人を守る「エネルギーの繭」──心配ではなく、静かな確信で包む

実践・ワーク ── トランサーフィンセンター

大切な人を守る「エネルギーの繭」
── 心配ではなく、静かな確信で包む

Энергетический кокон для близкого человека

tserf.ru + YouTube動画 / ヴァジム・ゼランド / タチアナ・サマリナ

先日ご紹介した「エネルギーの繭」は、自分自身を光の殻で包むテクニックでした。
今回はその繭を、大切な誰かにかけます。ヴァジム・ゼランドが示した「親しい人のためのエネルギーの繭」です。

ただし、ここには最初に越えなければならない関門があります。トランサーフィンは一貫して、他人に影響を与えてはならない、他人の行動を設定してはならないと説いてきたからです。それなのに、なぜこのワークだけは「許容される」のか。
そして、なぜ不安なときには絶対にやってはいけないのか。

本ページは、トランサーフィンセンターの公開記事と、同センター公式YouTube動画を翻訳・再構成したものです。

なぜ、これは「他人への干渉」にならないのか

もしあなたの親しい人が、命の危険にさらされる状況にいるなら。
もしその人の職業が、日々の危険と隣り合わせのものであるなら。
ヴァジム・ゼランドが共有しているテクニックを用いて、エネルギー的な平穏と安全でその人を包み込むことができる——記事はそう始まります。

けれども、ここで一度立ち止まる必要があります。ゼランド氏自身が、こう前置きしているからです。

私は、他人に影響を与えることはできないし、たとえ最も親しい人であっても、誰かの行動を設定するべきではないと常に言っています。

ヴァジム・ゼランド/トランサーフィンセンター公式サイト

それでも、このテクニックは許される。理由は、設定している対象が違うからです。

私たちがここで設定しているのは、他人のシナリオ(台本)ではありません。
「あの人がこう振る舞いますように」「あの人がこの選択をしますように」——それは他人の台本を書き換える行為であり、トランサーフィンが一貫して戒めてきたものです。
そうではなく、ここで設定するのは「この人は今日も、無事で、健康で、守られている」という、ひとつのまとまった事実だけ。
「道中のどの瞬間(プロセス)を切り取っても、常にその全体が『無事』というクオリティで満たされている状態」を指しています。これは許容される、とゼランド氏は言います。

NOTE ── 「他人の台本(行動)」と「世界の設定(クオリティ)」の線引き

原語ではинтегральный факт(インテグラーリヌイ・ファクト)。「積分された事実」「分割されないひとまとまりの事実」といったニュアンスの言葉です。

線引きは、こう考えると分かりやすくなります。途中経過を書き込んだ瞬間に、それは他人の台本になる。「あの道を通らないでほしい」「あの人と会わないでほしい」「早く帰ってきてほしい」——これらはすべて、相手の行動を指定しています。
一方、「無事である」は、具体的な行動(ルートや手段)を指定するのではなく、道中のあらゆる瞬間をまるごと包み込む「包括的な状態(クオリティ)」だけを設定しています。
どの道を通り、誰と会い、何時に帰るのか。その一切の台本(自由意志)は相手の側に残されたまま、彼らが歩むプロセス全体が「安全」という光の膜でコーティングされる。これが、インテグラル・ファクト(分割されない事実)の本当の意味です。

つまりこれは、相手の自由を一ミリも削らない設定だから許容される、と読むことができます。

テクニック「親しい人のためのエネルギーの繭」(ロシア語)
トランサーフィンセンター公式YouTube
この動画では、タチアナ・サマリナがヴァジム・ゼランドのテクニックについて語っています。/再生できない場合は YouTubeで視聴 →
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大前提 ── 不安な状態では、絶対にやらないこと

手順に入る前に、記事が真っ先に置いている条件があります。順番を入れ替えずに、そのままお伝えします。

PRECONDITION ── 手順より先にあるもの

平穏とバランス(均衡)の状態でいることを、覚えておいてください。

不安な状態で保護の意図を設定することは、絶対にやってはいけません。

これは、前回の「エネルギーの繭」でも同じでした。あちらでも、不安や恐怖、気苦労を抱えた状態でのワークは禁じられていました。
理由は、次のセクションで語られる仕組みそのものにあります。不安な状態で「守ろう」とすると、世界の鏡に放射されるのは「安心」ではなく、不安のほうだからです。

つまりこのワークは、危機のさなかに慌てて掴む道具ではありません。穏やかなときに繰り返し練習しておいて、必要なときには落ち着いたまま立ち上げられる——そういう順序で身につけるものです。

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実践 ── 4つのステップ

やることは、たった4つです。慣れれば、ほんの数秒で立ち上げられるようになります。

PRACTICE 1 ── 見張り役を立てる

内なる見張り役(観察者)を活性化させます。
自分の注意が今どこにあるのかを「見つけ」、それを自分の管理下に置いてください。

PRACTICE 2 ── 繭をつくる

あなたの親しい人を、光の殻——エネルギーの「繭」の中に入れます。
これは、精神的な一つの動きで行うことができます。
息を吐きながら、体の中心から何かが膨らみ、その人を殻で包み込む様子を想像してください。
あたかもその人が光でできた卵の中にいるかのように感じます。

PRACTICE 3 ── 思考フォームを唱える

繭の感覚を保ったまま、確信を持って
「生きていて、健康で、守られている」
という思考フォームを唱えます。
自分の中に、この安全の状態を確立させてください。

PRACTICE 4 ── 手放す

この感覚を手放して(リセットして)、テクニックを終了します。

そして、上級者向けの一行が添えられています。
もしあなたが十分に進んでいるなら、意図の三つ編み(コシツァ)を使って繭を設定してください——と。

NOTE ── 「手放す」がステップに入っている意味

4つ目が「終了させる」ことである点に、注目してみてください。このエネルギーの繭も、タフティの三つ編みもそうですが、トランサーフィンやタフティのエネルギーテクニックは、必ず最後「感覚をスッと手放し、リセットする」で締められています。それは、
① 不安やネガティブな雑念の「誤発注・強制物質化」を防ぐため
② エネルギーの「こむら返り(ロック・痙攣)」を防ぐため(緊張が続いた筋肉が痙攣するように、エネルギーシステムでも同じことが起きます。)
③ 「外的意図」に完全にバトンタッチするため
つまり、握りしめたままにしない。一日中「守らなきゃ」と抱え続けない。立ち上げて、確立して、離す。ここまでで一つのワークです。

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「心配する」は、守ることの逆である

ここが、この記事のいちばん厳しい一節です。

そもそも、危険な状況にいる人たちのために不安になったり心配したりすることは、保護を生み出さないばかりか、全く逆のこと——無意識のうちに、その人を危険にさらすことになります。あなたは害を与えることしかできません。

ヴァジム・ゼランド/トランサーフィンセンター公式サイト

心配は、愛情の表現として、疑われることのないものです。「心配しています」と言えば、それは相手を大切に思っている証拠として受け取られます。
けれどもトランサーフィンの仕様では、「心配」とは、世界の鏡に向けて「最悪の未来」を放射する行為に過ぎません。
だから、心配すればするほど、あなたはその人を守るのではなく、その反対のことをしていることになる——というロジックです。

では、役に立つものは何か。記事はひとつだけを挙げます。

THE ONLY THING
あなたの、確固たる心構え

あなたの親しい人が、生きて、健康で戻ってきて、その人が完全に守られている——という、あなたの確固たる心構え(設定)だけが役に立ちます。

NOTE ── 「心配するな」は「どうでもいいと思え」ではない

この一節を読んで、冷たさを感じる方もいるかもしれません。心配してはいけない、なんて。

ただ、ここで置き換えられているのは感情の有無ではなく、その中身です。「無関心でいなさい」とは、どこにも書かれていません。求められているのは、不安を確信に置き換えること
相手のことを考えるのをやめるのではなく、考えるときの内容を「もし何かあったら」から「無事である」へ差し替える、ということです。

そしてこれは、次のセクションでゼランド氏自身が、ある一行の詩で言い直しています。

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ベレギニャたちの千年 ──「ただ、強く待っていてくれ」

ヴァジム・ゼランドは、この心構えの実例として、ロシアのベレギニャ(家族や大切な人を災いから守る「女性の守り手/守護者」)たちの、千年にわたる経験を挙げています。
スラブ神話における「自然と家庭の守護霊・女神」ともいわれる彼女たちは、まさにこのようにして、すべてがうまくいくという静かな確信の状態にいることで、自分たちの戦士を守っていた、と。

そして、「あたかもこの仕組みを捉えたかのように、その真髄を詩の一節で表現していた」と、ソビエトの詩人コンスタンチン・シモノフに言及します。

私を待っていてくれ、私は戻ってくる。ただ、強く待っていてくれ。

コンスタンチン・シモノフ(ゼランド氏の引用による)

この「強く待っていてくれ」を、どう理解すべきか。ゼランド氏はこう書いています。

不安にならず、恐れず、わたしが無事に戻ってくることを、ただ静かに、しかし鋼のような確信を持って、100%知っている(確信している)ことです。

ヴァジム・ゼランド/トランサーフィンセンター公式サイト

「強く待つ」とは、強く念じることでも、強く祈ることでもなく、”100%知っている(確信している)こと”です。
ここまで読み進めると、「大切な人の為のエネルギー繭」4ステップの真の姿が明かされます。あのエネルギーでできた繭は、相手に何かを届けるための道具ではありません。
私の世界において「あの人の安全は100%約束されている」という絶対的な信頼を、私の内側に静かに留めておくためのアンカー(錨)だったのだ、と。

NOTE ── 祈りとの違いを問われたら

形だけを見れば、これは祈りや願掛けとよく似ています。誰かの無事を思い、静かに念じる——同じに見えます。

違うのは、説明されている仕組みのほうです。ここで語られているのは、外の誰かに願いを聞き届けてもらう構図ではなく、自分がどの状態を放射しているかという構図です。「叶えてください」ではなく「そうである」。
だから、祈りであれ、願掛けであれ、ワークであれ、”不安なままの状態で行うこと”がNGになります。不安な状態のまま放射すれば、放射されるのは不安のほうだからです。

どちらが優れているという話ではありません。ただ、この記事が説明しているのはそういう機構であるということです。

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EDITOR’S NOTE ── 編集部より

この繭を、日本で使うとき

この記事が想定している場面は、かなり厳しいものです。「命の危険にさらされる状況」「日々の危険と隣り合わせの職業」。原文の背景には、そういう現実があります。

日本の読者にとって、その言葉のままでは遠く感じられるかもしれません。けれども、「無事を意図する」場面そのものは、決して遠くありません。

「行ってきまーす」の、その一言のうしろで。
台風が近づいている夜。
子どもが長く家を離れるとき。
家族が手術を受ける朝。
雪の道を、誰かが運転して帰ってくるとき。

どれも、まだ何も起きていない、ただの日常の一場面です。
けれども記事が繰り返し言っているのは、「不安になってからでは遅い」ということでした。消息が分からなくなってから、心を落ち着けて繭をかけるのは至難です。だからこの繭は、まさにこの「まだ何も起きていない」うちに、「行ってきまーす」の一言と一緒に編んでおくものなのだと思います。

三部作の、最後の一枚として

結果として、これで三つの「守り」が揃いました。
ひとつめは自分自身を包む繭。ふたつめは、住まいという空間を守るワーク。そして今回の、大切な人を包む繭です。

自分、住まい、そして大切な人。どこを起点にするか、どの順番を優先するかは、あなたの立場や暮らしに合わせて自由にカスタマイズして構いません。それらはすべて、あなたの内側から広がっていく「安心の波紋」のようなものだからです。
そしてこの3つすべてが、同じひとつの絶対的な条件を共有しています。──それは、心が揺れるような非常時ではなく、何事もない「穏やかなとき」に、遊びのように練習しておくこと。

守りは、必要になってから編むものではないようです。

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結び

大切な人の安全を思うとき、私たちにできることは少ない、と感じます。連絡を待ち、無事を祈り、そして心配する。
この記事は、その最後のひとつだけを、静かに引き取ろうとしています。

心配をやめることは、思うことをやめることではありません。
「もし何かあったら」を、「守られている」に置き換えること。そのために、繭という形が用意されている。
形があるほうが、人は状態を保ちやすいからでしょう。

そしてもう一度、いちばん大事な一行を。
不安なときには、やらないこと。これは慌てて掴む道具ではなく、穏やかなときに編んでおくものです。

「強く待つ」とは、
心配で強く念じることではなく、「いつもの平和」を100%知っていること。

守りは、穏やかなときに編んでおくもの。

Crossover Dimension : HEH

出典:トランサーフィンセンター公式サイト「Техника «Энергетический кокон для близкого человека» по Вадиму Зеланду」および同センター公式YouTube動画より翻訳・再構成。
原文に掲載されている読者からの感想・体験談、およびコメント投稿の案内に関する部分は、当サイトの方針により割愛しています。
本ページは非営利・無償の資料アーカイブです。

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この記事を書いた人

トランサーフィン/タフティのロシア語一次ソースを辿り、誰でも原典へ還れる知のインフラ〈Heh〉をつくっています。
源泉と日本語のあいだに立ち、消費されて終わる「知」ではなく、知から、命(ち)へ。
その道の先で、原典と人生が交差することを願っています。
noteではこのサイトのBackstage的なものを発信しています。→https://note.com/hip_raven7504

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