「意図を設定する」とは、「願望」を強化することではない。──トランサーフィンの「意図」、基本のき

意図と目標の実現 ── トランサーフィンセンター

「意図を設定する」とは、
「願望」を強化することではない。
──トランサーフィンの「意図」、基本のき

Как составить намерение? + Мультиурок

tserf.ru + YouTube動画(2015年9月17日) / トランサーフィンセンター

「意図を設定する」という言葉は、今では珍しくなくなりました。
ですが「願望実現を加速するテクニック」という理解であることが、ほとんどだと思われます。

ところが、今回お届けするトランサーフィンセンターの公開記事「Как составить намерение?(意図をどのように作成するか)」と、そこに埋め込まれた2015年公開のアニメーション動画は、不思議な造りになっています。

意図の作り方を教えるはずなのに、まず延々と「願望との違い」を説明しているのです。

再生時間は、2分にも満たない短い動画です。
けれど、ここで扱われているのは小手先のテクニックではありません。

そもそも「願望」と「意図」は何が違うのか。
そして、意図をどう言葉にし、どう扱うのか。

トランサーフィンを実践するなら、先にここを取り違えないことのほうが大切です。動画では、
①願望と意図を分ける4つの違いと、
②意図を言葉にするときの5つのポイント
が、驚くほどコンパクトにまとめられています。

来月(2026年9月)には『リアリティ・トランサーフィン2 魂と理性の一致』の刊行も控えています。
新しいテクニックを足す前に、まずはこの2分から。
トランサーフィンの「意図」の基本に、いったん戻ってみましょう。

2015年の、2分の授業

「意図をどう設定すればいいのか」を知る前に、そもそも確認しておきたいことがあります。

いま自分がやっているのは、本当に「意図」なのか。
それとも、まだ「願望」のままなのか。

2015年にトランサーフィンセンターが公開した、2分にも満たないアニメーション・レッスンは、まずそこから始まります。内容はとてもシンプルです。

「願望と意図は、何が違うのか」
そして、
「では、意図はどう組み立てればいいのか」
たったそれだけです。けれど、この順番が重要です。

意図の言葉をどう作るか、どんな形でイメージするか。そうした「やり方」に入る前に、まず願望と意図を混同しないことが置かれています。

アニメーション・レッスン ── 意図をどのように作成するか(ロシア語)
トランサーフィンセンター ── 2015年9月17日
再生できない場合は YouTubeで視聴 →

11年前の、ごく短い基礎レッスンです。
しかし、トランサーフィンの「意図」を理解するなら、ここは飛ばせないのです。

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願望と意図を分ける、四つの分岐点

では、トランサーフィンでいう「願望」と「意図」は、具体的に何が違うのでしょうか。
2015年の記事と動画では、願望(Желание)と意図(Намерение)の違いを、四つの対比で示しています。
並べて見ると、二つが単なる「強さの違い」ではないことが見えてきます。

分岐点 01
注意は、どこにあるか

願望とは、未来、つまり「存在しないもの」への執着です。
意図とは、注意が現在の時間、つまり「現実に存在するもの」に留まっている時のことです。

NOTE ──「存在しないもの」とは、何のことか

ここでいう「存在しないもの」とは、トランサーフィンの世界観の中に、その「未来の可能性そのものが存在しない」という意味ではありません(バリアントの空間にはすべてがあるのですから)。
自分がどこからその目標を見ているかです。願望のときは、
「いつか、そうなったらいいな」
「まだ手に入っていない」
「実現するだろうか」
と、注意が「まだ起きていない未来」へ向いています。
それは、未来を思い描いてはいけないといっているのではありません。
ポイントとなるのは「その未来との関係」です。

願望では、「それはまだない。いつか実現したらいい」という位置から未来を見ています。
意図では、「それを選ぶ」「それを持つ」ことを、今ここで決める。(そして、今できる行動を始めます。)

トランサーフィンには、望む現実をイメージする「スライド」という技法があります。ですから、未来に注意を向けること自体が願望なのではありません。

未来を「まだないもの」として待ち続けるのが「願望」、「すでにあるもの」と確信している状態が「意図」です。

分岐点 02
目標を見ているか、方法を見ているか

願望とは、あなたが目標を達成する方法について空想している時のことです。
意図とは、目標への集中です。そこには、あなたとあなたの目標だけが存在します。

NOTE ──「方法を空想する」とは、具体的に何か

ここでいう願望における「方法を空想する」とは、道筋が見えていない段階で、
「でも、どうやって?」
「この方法しかないのでは?」
「それができないなら、やっぱり無理なのでは?」
と、頭の中であれこれ妄想劇場がはじまることです。

「どうやって?」で目標を潰さず、「どこへ行くか」を決めて、見えてきた道を歩くのが意図です。

分岐点 03
何が生まれるか

願望を抱くとき、あなたは渇望を経験し、過剰ポテンシャルを創り出します。
意図とは、持つことへの決意であり、目標に向かって実際の行動を起こすことです。

NOTE ──「願望=過剰ポテンシャル」の中身

「願望=過剰ポテンシャル」。
トランサーフィンを読んできた人なら、何度も目にした話かもしれません。

でも、「欲しい」「こうしたい」と思うこと自体が悪いことなのでしょうか?
そうではありません。

第1巻では、過剰ポテンシャルは、何かを評価しただけで生まれるのではなく、その評価に過度な意義を与えたときに生じると説明されています。たとえば、
「これが手に入れば、人生は最高になる」
「これが手に入らなければ、私は幸せになれない」
となったとき。
欲しいものは、単なる「欲しいもの」ではなくなります。
自分の幸福や価値を左右する、特別に重要なものになるのです。

トランサーフィンではこれを、「願望が天秤の一方に載り、それ以外のすべてがもう一方に載っている状態」と表現しています。
少しイメージしづらいので、平たく言い換えてみます。
ある一つの願望=Aに、人生のBからZまでを全部くっつけてしまう状態です。たとえば、
「この人と結婚できれば幸せになれる」
「結婚できなければ、私はずっと一人かもしれない」
「この人に選ばれれば、自分には価値がある」
「選ばれなければ、私には価値がない」
となったとき。
本来は「この人と結婚したい」という一つの願望だったはずなのに、いつの間にかそこに、幸福、将来、安心、自分の価値まで全部が乗っています。
トランサーフィンでいう「重要性が高くなる(過剰ポテンシャルが発生する)」とは、こういうことです。

欲しいものが問題なのではなく、その一つに人生のほかの全部まで背負わせてしまう。
そのとき、願望はただの「欲しい」ではなく、「これがなければ(ヤバイ)」に変わっているのです。

分岐点 04
期待しているか、知っているか

願望を抱くとき、あなたは実現を期待します(希望を抱きます)。
意図するとき、あなたは目標の達成についての知識を持ち、宇宙を信頼します。
——つまり、何かうまくいかないかもしれないという考えすら、抱かないのです。

NOTE ──「期待」は、悪いことなのか

「期待」や「希望」は、いけないものなのか?
ここも、そのまま読むと少し不思議です。
希望を持つことは、普通ならむしろ良いことのように聞こえます。では、なぜ「期待する」が願望側に置かれているのでしょうか。

ポイントは、期待が悪い感情だからではありません。
実際、『78日間トランサーフィン実践マニュアル』では、希望は行動を起こすために必要だとも書かれています。
けれど、行動し、実際の経験を重ねていくと、やがて希望は役目を終え、「願う・信じる・期待する」から「意図する・知っている」へ移っていく、と説明されています。

ですから、希望はダメなのではなく、途中の段階。
「叶ったらいいな」から始まっても、意図へ移ると、「叶うだろうか?」を見つめ続けるのではなく、「こちらへ行く」と決めて動き始めるのです。
「うまくいくといいな」と期待しているとき、まだ答えは決まっていません。
「うまくいくかもしれないし、いかないかもしれない。でも、できればうまくいってほしい」という状態です。
つまり、期待や希望が悪いのではなく、そこにはまだ「どちらになるかを決め切れていない自分」がいます。

一方、意図では、自分の側の選択はすでに済んでいます。
「そうなったらいいな」ではなく、「私はそこ(その人生ライン)へ行く」。
現実にまだ結果が現れていなくても、自分の選択まで保留にはしません。

では、「宇宙を信頼する」とは何でしょう。
これは、何もしないで宇宙にお願いすることではありません。
この動画自身が、その直後に、「目標達成の手段や、一つのシナリオに限定しない」と続けています。
「これじゃないと!」「この条件で!」「このルートで!」ではなく、自分に見えている方法だけが、方法のすべてだと思わない。
理性の外側にあるルートは、宇宙(≒外的意図)に開けておく、ということです。

四つを並べてみると、意図は「願いをもっと強くすること」ではないのがわかります。
「もっと欲しい」と思うことでも、気合いを入れて願うことでもありません。
その未来を、自分の未来として選ぶ。
自分がそれを持つことを認める。

願望は「欲しい未来」。
意図は「自分のものとして選んだ未来」。

ですから、意図は願望を強くしたものではありません。
願い、望んでいた未来を、自分の未来として所有する側へ移ることです。

NOTE ──「ナメレーニエ」は、もともとただの日常語だった

「意図」として使われている言葉のロシア語は「Намерение(ナメレーニエ)」ですが、もともとトランサーフィンだけの特別な言葉ではありません。
日常語では、「〜するつもり」、「〜する意向」、「そうしようと考えている」といった意味で使われます。
ヴァジム・ゼランドはこの日常語の Намерение に、トランサーフィン独自の意味を重ねています。

その代表的な定義が、「持つことと、行動することへの決意」です。
ですから、トランサーフィンでいう「意図」は、単に頭の中で「こうしたい」と強く思うことではありません。
願望が、「この未来が手に入ったらいいな」だとすれば、
意図では、「この未来を、自分のものとして選ぶ」ところまで進みます。そして、選んだなら動く。
ここに、願望との大きな違いがあります。

トランサーフィンで度々出てくる「腕を上げる」という例も、この感覚をよく表しています。
腕を上げるとき、私たちは、「腕が上がったらいいな」、「ちゃんと上がりますように」とは考えません。
ただ、上げます。
もちろん、欲しい未来が人生を大きく変えるようなものであれば、腕をあげるほど簡単に「当然」と思えるわけではありません。

だからこそトランサーフィンでは、願望から意図へ移ることそのものが、実践のテーマになります。
「願望」と「意図」。トランサーフィンを読むときは、この違いを頭の片隅に置いておくと、かなり見え方が変わります。

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意図は、どう言葉にする?

ここから動画は、意図を実際に言葉にするときのポイントに入ります。
原文の見出しは Формулировка(フォルムリローフカ)。
日本語にすれば、「意図をどう言葉にするか」「どういう形で表すか」ということです。
動画では、五つのポイントが続きます。

RULE 1 ── 現在形で

意図は現在形で作成してください。
「私は持つだろう」→「私は持っている」

RULE 2 ── 望む状態を、「私は〜」と言い切る

肯定的な言い切りの形で、主語を「私」にして表します。
「避けたいもの」ではなく、「自分が選ぶ現実」を言葉にする。
(※「こうなりたくない」ではなく、「私はこうなっている」。)
誰かに「こうなってほしい」と書くのではなく、まず自分を主語にする。

RULE 3 ──「この現実で起こり得ること」にする

「原理的に実現可能」でなければならない。つまり、ファンタジーの領域のものではないこと。

NOTE ──「実行可能」とは、具体的に何を指すか

ここでいわれているのは「そもそも、この現実世界で起こり得ることか」ということです。
「豪邸に住む」、「海外で暮らす」、「本を出版する」、「大きな会社をつくる」
は、今の自分からどれだけ遠く見えても、現実世界で実際に起こり得ることです。
一方、「明日の朝、翼なしで自力飛行して月まで行く」ではどうでしょう?「いや、それは現実じゃない。空想でしょ」と理性が完全に別枠へ追い出してしまいます。これがファンタジーの領域です。自分の中ではまだ「所有する未来」になってはいないのです。
その未来を、自分自身が「現実の選択肢」として扱えているか?という問いとして読むと、わかりやすくなります。

RULE 4 ── ゴールは決める。でも、道順まで決めきらない

意図を、目標達成の手段や何らかの単一のシナリオに限定しないでください。

NOTE ──「手段を限定しない」を、実践でどう扱うか

これは、「○○がなければ、この目標は叶わない」、「○○という方法しかない」、「まずA、その次にB、その次にCでなければならない」などの条件を設定しないということです。

たとえば、ある仕事に就きたいと思ったとします。
「この順番でなければ、私の目標は実現しない」と決めてしまわないということです。
実際には、思いがけなかった会社から声がかかるかもしれない。
誰かとの偶然の出会いから仕事が始まるかもしれない。
今は存在していない仕事の形が、途中で生まれるかもしれません。ルートは無限にあります。
しかし、このとき、
「でも、これは私が考えていたルートじゃない」
と、スルーしてしまったら、せっかく扉が近くに現れても、自分でドアを閉めるか、素通りすることになります(※トランサーフィンでは、目標へ向かう道を「扉」と呼び、その扉は一つだけとは限らないと説明されています)。

ですから、RULE 4を実践するときは、「最終的に私は何を得たいのか」「それはこの方法でなければならない」を分けて考える必要があります。たとえば、

「この会社に採用されなければならない」ではなく、
「私は、自分の力(あるいは〇〇)を活かせる仕事をして、望む収入を得ている」というように。
「今はこの道を歩いている。でも、道はこれ一本とは決めない」ということです。

RULE 5 ── 宇宙を信頼すること

宇宙を信頼してください。

では、実際にはどんな意図になる?

ここまで五つのポイントを見てきました。でも、
「で、実際には何て書けばいいの?」と思うかもしれません。
そこで、いくつか例を見てみましょう。大切なのは、きれいな文章を作ることではありません。

「〜だったらいいな」という願望を、「私はこれを持つ」という形に変えること。

たとえば、旅行なら、願望のままだと「いつかパリに行けたらいいな。お金と時間ができたら行きたい」となります。
ここには、「いつか」、「できたら」、「お金と時間があれば」、という未来形と条件が入っています。

意図にすると、「私はパリを旅している。」
もっと具体的にしたければ、「私はパリに滞在し、街を歩きながら旅を楽しんでいる。」でもいいでしょう。
トランサーフィンセンターの後年の教材でも、「休みたい」のような曖昧な表現ではなく、旅行ならどこへ行くのか分かっているなら、行き先を明確に書くよう勧めています。

ここでは、「どうやって旅費を作るか」、「どの航空会社で行くか」、「誰の紹介で行くか」、までは入れません。
決めるのは、持ちたい(所有する)現実です。

たとえば、パートナーシップなら、願望のままだと「私を大切にしてくれる人と出会えたらいいな」となります。
意図にすると、「私は、愛し愛されるパートナーと、温かく信頼し合える関係を築いている。」になります。
2018年のトランサーフィンセンター教材でも、「私は、愛し愛される夫と素晴らしい関係を築いている」という形の例が実際に紹介されています。
ここでも、「○○さんが私を好きになる」、「このアプリで出会う」、「今年中にこの人と結婚する」、という特定の相手やルートまで、固定することは推奨されていません。

仕事なら、願望のままだと「好きなことを仕事にして、ちゃんと稼げたらいいな」になります。
意図にすると、「私は、自分の力を活かせる仕事をし、そこから十分な収入を得ている。」
収入の目標額がはっきりしているなら、「私は、自分の仕事から毎月○万円の収入を得ている。」と具体的にしてもかまいません。
トランサーフィンセンターでも、「自分の真の目標を実現し、そこから喜びと物質的な収入を得ている」という意図の例があり、金額を入れてもよいとされています。

ただし、「今の会社で昇進して○○部長になり、その給料で……」と、「どうやってそこへ行くか」は、決めすぎない。これが線引きです。

「宇宙を信頼する」とは、どういうことか

「宇宙を信頼してください」
これだけだと、「宇宙にお願いして、あとは待っていればいい」という話にも聞こえます。
しかし、ここでいう「信頼」は、「宇宙さん、お願いします」と祈ることではありません。
もっと実際的に言えば、「私にはまだ見えていないルートもある」と認めておくことです。

これは、ひとつ前のRULE 4と地続きで見るとわかりやすくなります。
目標達成の手段や、一つのシナリオに限定しない。そして、宇宙を信頼する。自分(の理性)に見えている方法だけが、方法のすべてだと思わないということです。

たとえば、「この仕事をするには、絶対にA社に入らなければならない」と思っていたとします。
もちろんA社には応募していい。準備もするし、面接にも行きます。
でも、A社に落ちた瞬間に、「これで私の目標は終わった」とは決めない、ということなのです。
別の会社から声がかかるかもしれません。
思いがけない人と出会うかもしれません。

自分の理性には、まだその道が見えていないだけかもしれません。

ですから、自分でできることはするけれども、「この道しかない」とは決めない。
トランサーフィンでは、目標を「注文」にたとえ、それがどう実現されるかまで自分で全部わかる必要はないと説明されています。
目標を定め、足を動かし、行動する。ただし、目標へ至る道筋まで自分の計画だけに「閉じ込めない」。
それがトランサーフィンにおける「宇宙を信頼する」ということなのです。

NOTE ── なぜ「夢」ではなく、「目標」なのか

トランサーフィンを読んでいると、「夢を叶える」「願望を実現する」という言い方よりも、「目標(цель/ツェーリ)」という言葉が繰り返し出てきます。
願望実現やスピリチュアルの文脈に慣れていると、少しビジネスっぽく聞こえるかもしれません。あるいは、なんだか少し違和感があるかもしれません。
しかし、「目標」という言葉を、会社のプロジェクトに置き換えてみるとわかりやすくなります。たとえば、

「この商品を11月に発売する」
というプロジェクトが立ち上がったとします。
その時点でメンバーが考えるのは、

「発売できたらいいな」ではありません。
発売することを前提に、では何をするかを決めます。
何をいつまでにやるのか。
何をやらないのか。
予定どおり進んでいるのか。
別の方法が必要なのか。
もちろん、現実には予定外のことも起こります。目標を立てたからといって、成功が保証されたわけでもありません。
それでも、「達成できるかどうかわからないから、まだ決めません。やりません」とはいいません。

目標とは、未来の結果を予言する言葉ではなく、自分がどこへ向かうかを先に決める言葉だからです。
トランサーフィンセンターの実践でも、
「いま自分がしていることは、目標へ自分を導いているか?」と問いかけることが度々でてきます。

ここに、「夢」と「目標」の違いがよく表れています。
夢は、「そうなったらいいな」と眺めることができる。
目標は、そこへ向かうことを前提に、今の行動が変わる。
だからトランサーフィンでは、「目標」という少し乾いたように感じる言葉が、むしろ重要になってくるのでしょう。

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新しい現実の中で、自分を感じる

ここまでで、意図を言葉にするところまではできました。
でも、動画はここで終わりません。
次に求められるのは、その言葉を外から眺めるのではなく、「それを持っている自分」の側へ入ることです。

新しい現実の中で自分を感じてください。
単に現実の望む要素を想像するだけでなく、それを持っている自分自身を見る必要があります。
あなたは何を感じるでしょうか? どのように振る舞うでしょうか? 何について考えるでしょうか?

アニメーション・レッスン「意図をどのように作成するか」/トランサーフィンセンター(2015年9月17日)

ここは、初めて読むと少しわかりにくいところです。
動画の後半で述べられている「意図を詳細にイメージする技法」ですが、ここで一つ、先に区別しておきたいことがあります。
「意図」と、「それをイメージする技法」は同じものではありません。

意図とは、ここまで見てきたように、「私はこれを持つ。そして、そこへ向かって行動する」という決意です。
では、その意図を定めたあと、望む現実をどう自分の中に置いておくのか。
その一つとして、トランサーフィン第二巻には「ターゲット・スライド」という技法が登場します。

トランサーフィンセンターの講座でも、
・まず意図を定める。
 ↓
その意図を日常ではバックグラウンドに保つ。
 ↓
そして次の実践として、ターゲット・スライドを使う。
という順番で説明されています。
ターゲット・スライドは、そこで「意図の詳細なイメージ」とされています。

ですから、意図そのものがターゲット・スライドなのではないのですが、この2015年の短い動画では、その違いを詳しく説明しないまま、ターゲット・スライドという言葉を使わずに、この技法のことが述べられています。

プロセスの詳細はこうです。
たとえば、「自分の家を持つ」という目標があるとします。
「欲しい家を想像してください」と言われたら、
・広いリビング
・大きな窓
・好きな家具
・きれいなキッチン
そんな「理想の家の絵」を思い浮かべるかもしれません。
しかし、この動画が言っているのは、それだけではありません。

今度は、「その家をすでに持っている自分」を置いてみるのです。

朝、そこで目を覚ましたあなたは何をしていますか?
窓を開けるでしょうか?
どこでコーヒーを飲むでしょう。あるいは紅茶ですか?
家に帰ってきたとき、どんな気分でしょうか?
休日はどこで過ごしていますか?
どんなことに想いを馳せていますか? 家族との夕食の団らん?
つまり、「家を手に入れたい人」として家を眺めるのではなく、「その家を持って暮らしている人」の日常まで入れてみるということです。
(※ちなみにヴァジム・ゼランドは書籍の中で「暖炉」「ロッキングチェア」「大好物」「テレビ」など、生活の雰囲気がするものを例としてあげています)

動画の中で述べている、「何を感じる?」、「どう振る舞う?」、「何について考える?」という三つの質問は、そのためにあります。
特別な感情を無理に作るためではありません。
その未来が実現したあと、自分にとってそれがどんな「普通の日常」になっているかを具体的にする。これがポイントです。

意図が「どの現実を自分のものとして選び、そこへ向かうか」だとすれば、ターゲット・スライドは、その選んだ現実を具体的に経験していくための一つの実践方法です。

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最後の確認 ── 頭(理性)では欲しい。でも、それって本当に欲しいもの?

そして動画は、最後にこう言って終わります。

魂と理性の一致が必要であることを覚えておいてください。
もし矛盾があるなら、それが本当に自分の目標なのかどうか、考えてみてください。

アニメーション・レッスン「意図をどのように作成するか」/トランサーフィンセンター(2015年9月17日)

ここでいきなり「魂と理性」が出てきます。
初めて見ると、「え? 意図の作り方の話じゃなかったの?」と戸惑うかもしれません。
しかし、トランサーフィンでは、「意図」と「魂と理性の一致」は別の話ではありません。
トランサーフィンでは全体を通して「理性と魂の一致は、外的意図を産み出す」と説明しています。
つまり、意図する(未来の)現実について、頭(理性)では「これを選ぶ」と決めている。
そして、自分の内側の本音(魂)も「うん、それがいい」と応えている。

この二つが同じ方向を向いていることが重要だ、ということです。

では、「魂がノーと言っている」とは、どういうことでしょうか。たとえば、
「有名になって、大きな会社を経営して、たくさん稼いでいます」と意図を作ったとします。
頭(理性)では、「成功といえばこれだ」、「これだけ稼げれば安心できる」、「みんなにも認めてもらえる」
と、いくらでも理由を並べられる。
ところが、実際にそれを手に入れた自分を思い浮かべてみると、
なぜか気が重い。その生活を本当に送りたい感じがしない。
そんなとき、トランサーフィンでは、その小さな違和感を無視しないようにします。
そして、理性は言葉や論理で考える一方、魂は快・不快という感覚で反応すると説明されています。

他人から与えられた価値観や「こうなれば成功」という基準を、自分の目標だと思い込んでいる場合、理性はそのメリットをいくらでも説明できても、魂には重苦しさが残ることがあるといっています。
だから動画は最後に、
「その意図をうまく書けたか」ではなく、「そもそも、それは本当にあなたが行きたいところなのか」を確認させているわけです。

ただし、ここには注意があります。
不安や戸惑いがあるだけで、「自分の目標ではない」と決める必要はありません。たとえば、
「こんな家、本当に私が持てるの?」
「そんな仕事をしている自分なんて想像できない」
という戸惑いは、目標そのものが嫌なのではなく、単に今の自分にはまだ馴染みがないだけかもしれません。
ゼランドはこれを「魂の不快」と区別し、そうした「ぎこちなさ」はスライドによって薄れていくことがある、としています。

ですから、確認したいのは、
「実現できるかどうか怖い?」ではなく、「もし本当に実現したとして、私はそれを欲しい?」なのです。

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編集ノート ── HEH Editorial

「意図文」を作ることと、「意図する」ことは同じではない

ここまで、意図をどう言葉にするかを見てきました。
ただし、正しい形の文章ができた=意図ができたということではありません。

この動画では、意図そのものを、「持つことへの決意」であり、「目標へ向かって実際に行動すること」と説明しています。

ですから、「私は○○を持っている」と現在形で書いても、そのあとずっと、
「叶うといいな」、「本当に叶うかな」、「誰か何とかしてくれないかな」
あるいは、「よし!意図を書いた!あとの果報は寝て待つだけ!」
と待っているなら、文章の形は意図でも、まだ中身は「願望」の側にあるかもしれません。

意図は、願いを強くするために付け足すものではありません。

「欲しい」から、「持つ」。
「叶ったらいいな」から、「そこへ行く」。

その切り替えを、2015年のこの短い動画は「願望と意図の違い」から始めて説明しています。

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結び ──「意図」を、もう一度最初から

この2分に満たないアニメーション・レッスン動画で紹介されていたことを、最後にもう一度並べてみます。

最初に、「願望ではなく、意図とは何か」を確認する。
次に、その意図をどう言葉にするかを決める。
そして、言葉だけで終わらせず、それを持っている自分まで具体化する。
最後に、「その未来そのものを、本当に自分が選んでいるのか」を、魂と理性の両方で確かめる。

こうして見てみると、この動画は単なる「意図文の作り方」を説明しているわけではありません。
現在形で書くことも、肯定形にすることも、手段を限定しないことも大切です。
でも、それだけなら文章の作り方で終わりです。

その前には、
「私はまだ願っているのか。それとも、持つと決めて動く側にいるのか」
という確認があり、その後には、
「その未来を、もう自分の現実として扱えているか」
という確認があり、さらに最後には、
「そもそも私は、本当にそこへ行きたいのか」
という確認があります。

ですから、意図を作るというのは、きれいな一文を完成させることではありません。

どの未来を選ぶのかを決め、
その未来を自分のものとして受け取り、
そこへ向かって動き始めること。
2015年の2分にも満たないレッスンに入っていたのは、そのための基本でした。
新しい技法へ進む前に。
もし「意図しているつもりなのに、なぜか動かない」と感じるときは、もう一度ここへ戻ってみてもいいのかもしれません。

願っているのか。
それとも、もう選んでいるのか。

「叶いますように」と願うのをやめて、
「もう、そうなっている」ところから動き出す。

意図とは、願望を強めたものではなく、
願望を、決意と行動の側へ移したものです。

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この記事を書いた人

トランサーフィン/タフティのロシア語一次ソースを辿り、誰でも原典へ還れる知のインフラ〈Heh〉をつくっています。
源泉と日本語のあいだに立ち、消費されて終わる「知」ではなく、知から、命(ち)へ。
その道の先で、原典と人生が交差することを願っています。
noteではこのサイトのBackstage的なものを発信しています。→https://note.com/hip_raven7504

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