古い道は終わったのに、新しい道が見つからない。どうすれば?

移行の時代と目覚め

古い道は終わったのに、新しい道が見つからない。
どうすれば?

2026.07.21 トランサーフィンセンター 質疑応答ライブ

移行期の、いちばん苦しいところに立っている人からの相談です。
やるべき実践はやっている、宣言もずっと続けている。それなのに、何も動かない。むしろ、いい状態になれたと思った途端に、足元をすくうような出来事がやって来る——。
トランサーフィンセンターの質疑応答ライブから、タチアナ・サマリナの回答を抜粋してお届けします。

質問 ── ナタリアさんより

移行の地点で立ち往生しているように思えます。古いものはもうずっと前から面白くなく、新しいものは見つけられません。身体的・エネルギー的な実践はしていますし、「私は自分の道を見つける」「人生を祝祭に変える」とずっと宣言しています。でも、ほとんど何も変わっていないかのようです。
しかも、必要な状態にいると思えた途端に、私を足元からすくって倒そうとするかのような状況がやって来ます。あなたのコースを受け、自分への愛の教訓を通る必要があるのだと理解して、自分を愛せたように思うのですが、それでも状況は起こり続けるのです。

NOTE ── 移行期と移行の地点について

移行期」とは、2017〜2018年、タフティが登場したころから語られ始め、2020年末からは「Новая реальность(新しい現実)」と定義され、2022年以降はメインテーマとなった、「地球と人類が全く新しいエネルギーとルールの世界へシフトしている大転換期」のことです。その特徴は大きく3つあります。

  • 地球のエネルギーと振動数の根本的な変化
  • 副作用(心身の不調や揺れ動き)
  • 人間の肉体と意識の「アップグレード(ТРЭ/トォレ)」

そして「移行の地点」とは、「古い現実は終わったけれど、新しい現実はまだ始まっていない、宙ぶらりん(狭間)の時期」のこと。サマリナ氏は、目覚めのプロセスにおいて、多くの人が必ずと言っていいほどこの段階を経験する、と語っています。

ゲームで例えるなら、「古いステージをクリアしたけれど、次のステージのデータがまだ読み込まれていない『暗いロード画面』で待たされている状態」です。ここで焦ってコントローラーのボタンを連打(無理に行動)したり、電源を切って古いゲームに戻ろうとすると、システム(振り子)がその隙を突いてトラブルを差し向け、あなたを再び「不安」や「怒り」という古い眠りの状態へ引き戻そうとしてくるのです。

古いものには興味が持てず、新しいものも見つからない(ロシア語)
2026.07.21 ── 質疑応答ライブ抜粋
動画はロシア語です。再生できない場合は YouTubeで視聴 →

それは、焦りと渇望です

タチアナ・サマリナの答えは、意外なところを突きます。あなたが立ち往生しているのは、実践が足りないからではない。焦りと渇望(過剰ポテンシャル)のせいだ、と指摘するのです。

「必要な状態にいるのに、それを倒そうとする状況が来る」——つまり、あなたはすべての行動をしているけれど、それを「眠っているキャラクター(システム/台本の操り人形)」の状態からやっているのです。
行動は一見正しくても、状態のほうが別ものになっている。何かを待ち、いつか変わってほしいと望み、欲している。だからこそ、変わらないのです、と。

NOTE ── この一言に、変わらない理由が4つ

この短い言葉の中に、「変わらない理由」が4つ畳み込まれています。

  • 一つ目:過剰ポテンシャル。
  • 二つ目:鏡の反射。「待っている=今は持っていない(不足)」を放射している。
  • 三つ目:創造主の態度ではない「希望」や「期待」(受け身の罠)。
  • 四つ目:「今、ここ」の不在(いつか=人生の先送り)。

つまり、ワーク(行動)を一生懸命やっていても、心の中で「これでいつか現実が変わるはずだ、早く変われ」と結果を待っている(期待・願望・不足感)なら、それは古いシステムの中で「ご褒美を待つ操り人形」をやっているのと同じだ、と言っているのです。

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その状況は、過去に自分が放射したもの

そしてサマリナ氏は、もう一つの見方を重ねます。足元をすくうような状況が来るのは、あなたが眠っているから、というだけではない。そもそも、過去に自分が放射したものが、いま現実として返ってきているだけだ、というのです。

私がすでに放射していた、つまり自分の放射によって自分の人生に引き寄せた、特定の状況が起こっているのです。
それは、私がこのすべてを創造しているのだと認識するために来ています。

タチアナ・サマリナ

宇宙からのテストと言ってもいい部分です。「倒そうとする状況」は、外から降ってきた理不尽な妨害ではない。かつて自分が放射したものの反射である。だとすれば、それは被害ではなく、「これは私が創っている」と認識するための機会だということになります。その状況の中で自分を認識し、目覚めるためにやって来ている——だからこそ、そこで眠りに落ちずに一歩を踏み出せば、次の段階へ進める、とサマリナ氏は続けます。

私たちに試練だと思えるものが、なぜやって来るのか。
まさにその状況の中で、自分自身を認識するため。その状況の中で、目覚めるためです。
そうしてこそ、次の段階への一歩を踏み出せるのです。

タチアナ・サマリナ

ところが、(嫌な)状況がやって来たときに眠りに沈んでしまう(パニックになったり、「もう最悪!」と怒りや不安に飲まれる)と、その一歩は踏み出せず、むしろ後ろへ一歩、下がってしまうのです。実践をしても、何かトラブルだと思うものが来るたびに階段を上がるどころか、すぐ下へ降りてしまう。だから、どれだけ言葉(アファメーション)を唱えても、天職(自分の道、本当にやりたいこと)はやって来ない——サマリナ氏はそう説明します。

NOTE ── それをやっているのは「どっちのあなた」か

サマリナ氏はこうも問いかけています。

「あなたが毎日一生懸命アファメーションを唱えている時、それをやっているのは一体『どっちのあなた』ですか?」

「現状が苦しいから、アファメーションをしてどうにか現実を変えなきゃ」と焦り、実践を「最後の希望や救命浮き輪」として必死にしがみついている状態ならば、それはナタリアさん“自身”ではなく、台本によって役を演じさせられているキャラクター——テレビゲームに例えるなら、画面の中のキャラクターがパニックになってバタバタもがいているのと同じです。

「スピリット(Дух)として目覚めた“私”=創造主」であるならば、画面の外から落ち着いて、コントローラーをハンドリングしている状態です。「自分がどこに向かっているか(最終的にゴールできること)」をすでに知っているので、何かあるたびに“落ちる”ことはありません。

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いま最も価値があるのは「状態」

ここでサマリナ氏は、ゼランドの近著に触れます。

ヴァジムが『セルフ・トランサーフィン』で書いたことを思い出してください。
いま最も価値があるのは、新しい時代の、新しいエネルギーにおける「状態」である、と。

タチアナ・サマリナ

意図でさえも、重要ではあるけれど、二の次(サブ)に退きます。正しい状態がなければ、こうした逆戻りが起きるか、あるいは「どこへ行けばいいか分からない」という動きの欠如が起こります。そこへさらに過剰ポテンシャルが強まり、結果として、何も起こらなくなるのです。
そして、無気力が続く。「古いものは面白くない、新しいものは見つからない」——その状態のまま、動けなくなるのです。

NOTE ──「意図」が「状態」よりサブに置かれた理由

「意図」が「状態」よりもサブに置かれるようになったのは、新しい時代において、現実を動かすための「優先順位」が変わったからです。なぜ変わったのか。大きく3つの理由があります。

  • 世界の鏡が「言葉」ではなく「状態(波動)」を直接反射するようになったから。
  • スピリット(創造主)の言語は「言葉」ではなく「状態」だから。
  • 「状態」が悪いまま「意図」を使うと、自爆するから。

「意図が二の次」というのは、「何を意図するか(How to/What)」の前に、「どんな状態の自分がそれを意図しているのか(Who/State)」を整えなければ、すべてが無駄になる、ということなのです。

ではどうするか。答えは「新しいものを見つけること」。ただしそれは、外を探し回ることではありません。
自分がいまどこにいるのか、自分の内なる状態に何が起きているのかを認識すること。
教訓を順番に通過していく作業ではなく、ただ自分の力の中に立ち、目覚めることなのです。

NOTE ──「自分の力の中に立つ」とは何か

「自分の力の中に立つ」というのは、人間としての気合や根性のことではありません。タフティが「メタパワーとともにあらんことを」と言う時の、「スピリットの力(創造主の力)」のことです。外の世界に答えを探してジタバタするのではなく、「あ、私はこの現実というVRゲームを創っているプレイヤー(スピリット)だった」と思い出し、その玉座(力)に座り直すこと。それが「力の中に立ち、目覚める」という言葉の本当の意味です。

そして「教訓(レッスン)を順番に通過していく作業ではなく」という部分が、非常に重要です。古い現実では、「苦難を乗り越えて魂を成長させる(カルマのレッスンを一つずつクリアする)」のが常識でした。あるいは理性を使って「私に何のトラウマがあるんだろう?」「このカルマをどうやって解消しよう?」と、問題の“中”に入り込んで、一つずつ順番に解決しようとするのが常でした。

しかし、問題の分析をやめ、ただ「私はスピリットである」という高い状態(問題の“上”)にポンと立ち、スピリットの次元(高い波動)に入ると、目から鱗が落ちるように、「このレッスンはもう自分には必要ないのだ」と気づくことができるのです。

「新しいものを見つけてください」とサマリナ氏は言います。しかしこの「新しいもの」とは、外の世界にある新しい仕事、新しい恋人、新しい趣味のことではありません。
スピリットとして目覚め、静けさと軽やかさの中で現実を俯瞰している「新しい状態の自分自身」こそが、ここで見つけるべき「新しいもの」なのです。現実は、それから動き始めます。

そのためには、普段から注意の管理内なる見張り役(観察者)の起動が大切になります。

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NOTE ── HEH編集部

この回答が、よくある「もっと頑張りましょう」と決定的に違うのは、矢印の向きです。実践を増やす(=行動の量)ではなく、どの状態からその行動をしているか(=状態の質)へ、注意を折り返させている。同じ実践でも、眠ったまま「早く変わってほしい」と待ちながらやれば、その待つ気持ちそのものが過剰ポテンシャルになり、かえって動きを止める、という筋道です。

「毎日、目覚めるか眠るか」という締めの言葉も効いています。目覚めは一度きりの到達点ではなく、日々くり返す実践だ、と。だから「自分を愛せたはずなのに」という一回きりの達成では足りない。今日はどちらか、が毎日問われている、という見方です。

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目覚めは、一度きりの到達点ではなく
毎日、選び直すもの

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この記事を書いた人

トランサーフィン/タフティのロシア語一次ソースを辿り、誰でも原典へ還れる知のインフラ〈Heh〉をつくっています。
源泉と日本語のあいだに立ち、消費されて終わる「知」ではなく、知から、命(ち)へ。
その道の先で、原典と人生が交差することを願っています。

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