『新しい時代、私たちはどこまで進化できるのか』──ゼランドがタフティに問い、私たちに渡されたもの

記事 — Article / タフティ

『新しい時代、
私たちはどこまで進化できるのか』
── ゼランドがタフティに問い、私たちに渡されたもの

На какую эволюцию мы можем рассчитывать в Новом времени?
Успеем преобразиться в этом воплощении?

トランサーフィンセンター(トランサーフィンセンター)の資料の中には、ときどき、構造そのものが変わっているものがあります。

今回取り上げる記事は、その一つです。

質問しているのは、ヴァジム・ゼランド。
質問の宛先は、タフティ。
そして、それに答えているのはタチアナ・サマリナです。

本を書いた人が、その本に出てくる女祭司に質問を投げ、別の人がタフティの側から答える。
ちょっと、他ではあまり見ない形です。

そして質問の中身は、こうです。

「新しい時代において、私たちはどのような進化を期待できるのか?」
「この転生において、変容するのに間に合うのか?」

前回の記事(新しい時代のエネルギー、新しい次元への移行)で見たのは、2018年から2020年にかけての語りでした。
新しい時代とは何か。なぜ、いまタフティが来たのか。移行するために何をするのか。

今回の資料は2023年。話は、その一歩先へ進んでいます。
その環境の中で、人間そのものはどこまで変われるのか。

老化。寿命。二元性。そして、透視や透聴といった能力まで。
かなり踏み込んだところまで話が及びます。

ただ、先に一つだけ言っておくと、この記事は「新しい時代が来たので、みんな超人になります」という話にはなりません。
むしろ、そうはならない理由のほうが、丁寧に語られています。

まず、時計を合わせる ── 同じ2023年でも、日本とロシアでは立っている場所が違う

今回の動画を読む前に、ひとつだけ時間軸を合わせておきます。
なぜなら、同じ2023年でも、日本の読者とロシアの読者では、タフティについて立っている地点がまったく違うからです。

動画の公開日は、2023年11月27日。

そのわずか26日前、日本では11月1日に、ようやく日本語版『タフティ・ザ・プリーステス』が刊行されました。

2023.11.01
日本語版『タフティ・ザ・プリーステス』刊行
SBクリエイティブより。監修・成瀬まゆみ、翻訳・モリモト七海。日本の読者が、ようやくタフティの1冊目を手にした日です。
2023.11.27
今回の動画が公開される
ウェビナー「質疑応答の夕べ」の抜粋。ゼランド氏がタフティに宛てた質問に、サマリナ氏が答えています。

日本の読者にとっては、この時点がほぼ「タフティとの初対面」です。

「三つ編みって何?」
「二つのスクリーンとは?」
「現実のコマを動かすって、どういうこと?」

そんな基本概念を、これから読み始めるところでした。

ところが、同じ2023年11月、ロシア側はまったく別の地点にいます。
この時には既に、タフティシリーズ4冊がリリースされた後でした。

2017
『タフティ・ザ・プリーステス』
シリーズの出発点。テクニックを正面から解説した技法書。
2018
『イトファト・ザ・プリーステス』
ゼランド氏初のフィクション。技法書と対になる物語版。
2019
『タフティが言わなかったこと』
1冊目に寄せられた膨大な質問に答える補完の書。
2023
『タフティ・ザ・プリーステス2 出来事のマスターとなる』
執筆完了は2022年、刊行は2023年。日々の出来事を自ら手に取ることがテーマの続編。

つまり、このときトランサーフィンセンターにアップされた動画はロシアにおいてはすでに「タフティとは何か」を初めて説明する段階の資料ではありません。
すでにテクニックも、物語も、読者からの質問への補足も、続編も出たあと。
その地点から、今度は著者であるはずのヴァジム・ゼランド本人がタフティに、
「新しい時代に、人間はどこまで進化できるのか?」
と問いを投げているのです。

ここを押さえておかないと、今回の動画に突然、──老化、寿命、意識の変容、魂、スピリット、多次元的な知覚——
といった話が出てきたとき、
「えっ、タフティってこんな話だったっけ?」
となるかもしれません。

しかし、これはタフティの1冊目の横に置かれた初心者向け解説ではありません。
ロシア側で約6年かけて展開されてきたタフティ体系の、その先にある2023年の問いです。

日本では入口が開いたばかり。
ロシアでは、すでにその入口からかなり先まで歩いたあと。

今回あえて刊行時期を確認するのは、その読者側の「現在地のずれ」を先に埋めておくためです。
日本語でトランサーフィンやタフティを追っていると、この時間差には何度も出会います。
日本語版を読んで、「ここ、どういう意味なんだろう?」と初めて疑問を持ったとき、ロシア側ではその問いが何年も前に出され、すでに別の資料で答えられていることが度々あります。

今回の動画も、その一つです。

NOTE ──『タフティ2』というタイトルの、もう一つの読み方

2023年にロシアで刊行されたタフティ2の原題は、
『Тафти жрица 2. Управление событиями』
です。

この управление событиями は、日本語では「出来事のコントロール」と訳すことができます。
実際、日本で刊行予定の『タフティ2』も、『セルフ・トランサーフィン』の中ではすでに『タフティ2 出来事のコントロール』というタイトルで紹介されています。

ただし、ここでいう「コントロール」を、
「起きている出来事を力ずくで自分の思い通りにねじ伏せること」だと思うと、タフティやトランサーフィンの主旨から外れてしまうことが多々あります。

原題に使われている управление(ウプラヴレーニエ) は、「管理する」だけでなく、車や船を運転する、操縦する、自在に扱うときにも使われる語です。
イメージとして近いのは、
現実を押さえつけたり、思い通りにしようと力みを発生させることではなく、フラットにハンドルを握ること(まるで車と一体化したような熟練のドライバーを想像してください)。
すでに起きてしまった現在のコマと戦うのではなく、注意と意図を自分の手元に戻し、これから来るコマの進路を扱う。
タフティが言う「出来事のコントロール」は、こちらの意味で読むとわかりやすくなります。

トランサーフィンセンターの質疑応答ライブやコメントの中で「コントロールがうまくできません」「コントロールすればいいんですね」という視聴者の問いに対して、タチアナ・サマリナが「コントロール(контроль)ではありません、ハンドリング/舵取り(управление)です」と指摘する場面がしばしばみられますが、その判断の違いは言葉そのものより、力ずくで押さえ込もうとしているのか、それとも自分が主体となって扱っているのかという状態の違いによるものが大きいです。
単純に「контроль=悪、управление=善」と分けられるわけではなく、場面や状態に応じて両方の言葉が使い分けられています。

当サイトではこの違いを見失わないため、原題を説明するときに、управление をしばしば「操縦する」「ハンドリングする」「マスターする」と補っています。

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「ヴァジム・ゼランドがタフティに質問する」という構造

動画の冒頭で、サマリナ氏自身が、この少し奇妙な構図に触れています。
ゼランド氏が自身のSNSで投げかけた質問、より正確に言えば、彼がタフティに向けて投げかけた質問です。

おそらく多くの人が「どうしてゼランドが質問をするの?」と驚くでしょうが、これは本当に彼が発した質問なのです。

タチアナ・サマリナ

ここで一度、立ち止まっておきたいと思います。

日本の読者には、漫画やライトノベルなどでよくある、「作者が自分のキャラクターにインタビューする」という、おまけ企画のようにも見えるかもしれません。
作者が質問し、キャラクター本人が答えている体裁をとる。日本では珍しくない表現です。

ただ、今回の資料は、その意味での「作者とキャラクターの遊び」ではありません。
少なくともトランサーフィンセンターの説明では、タフティは単なる「ゼランド氏が創作した登場人物」として扱われているわけではなく、ゼランド氏自身が問いを投げる相手として置かれています。

しかも、その問いに答えているのはゼランド氏本人ではありません。サマリナ氏は、
「質問はタフティ宛てですが、私から答えさせていただきます」
と続けます。

つまり、この動画は、
ゼランド氏が問いを投げる。→宛先はタフティ。→の問いにサマリナ氏が答える。
という三者構造で成立しています。

ここを押さえておくと、今回の動画の見え方が少し変わります。
これは単に、「ゼランド氏が自分の理論について解説する動画」ではありません。
また、「タチアナ・サマリナがゼランド氏の考えを代わりに説明する動画」とも、少し違います。

少なくともここでは、ゼランド氏がタフティに問いを投げ、その問いにサマリナ氏が答える、という形で置かれている。
そして、その問いが、

「新しい時代に、人間はどこまで進化できるのか?」
なのです。

なぜ、こんな三者のやり取りが成立するのか。
ゼランド氏、タフティ、サマリナ氏の関係については、動画のあとで改めて整理します。

まずは、実際のやり取りを見てみましょう。

私たちはどのような進化を期待できるのか?
タチアナ・サマリナ / 2023.11.27
ウェビナー「質疑応答の夕べ」の抜粋/再生できない場合は YouTubeで視聴 →
NOTE ── この三重構造を、どう読むか

この動画だけを見ると、かなり不思議な構図です。

質問しているのは、『タフティ』を書いたヴァジム・ゼランド氏。
質問の宛先は、女祭司タフティ。
そして回答しているのは、タチアナ・サマリナ氏です。

ゼランド氏は、タフティを自分が創作した人物とは位置づけていません。
ゼランド氏本人の説明では、『タフティ』『イトファト』は「タフティのチャネル」から入ってきた情報をもとに、トランス状態で書かれたものだとしています。

一方、2018年のビデオ・タフティ撮影をきっかけに、タチアナ・サマリナ氏は公式に「タフティのアバター」と呼ばれるようになりました。
ゼランド氏は、「タフティが彼女を選んだ」
「自分はタフティのチャネルから情報を受け取り、タチアナはタフティがこの世界と接触するための媒介となる」

と説明しています(出典)。

したがって、この動画も単なる「サマリナ氏個人の見解」として読むより、彼女がタフティとの接続を通じて受け取ってきた理解を、自身の言葉で回答しているものと見るのが自然です。

ただし、この場面でサマリナ氏自身は「いまタフティが直接話している」とは言わず、「タフティへの質問ですが、私から答えます」と表現しています。
そのため当サイトでは、「タフティが逐語的に回答した」とはせず、「タフティへの問いに、タフティのアバターであるサマリナ氏が答えた」と記します。

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進化すると何が変わるのか?── タフティの言葉として

トランサーフィンセンターの記事には、動画とは別に、質問への回答がテキストでも掲載されています。
動画で語られる内容と重なりながらも、「新しい時代に、人間にはどんな変化が起こりうるのか」が、ひとまとまりの回答として整理されています。

その全体像を先に見ておくとすれば

・意識が広がること。
・自分の内側が一つにまとまっていくこと。
・自分の道がわかるようになること。
・古い因果やプログラムを手放していくこと。
・価値観の中心が「人格」から「魂」へ移っていくこと。
・そして、その先には肉体の変容まで置かれています。

文章だけを見ると、次々に話題が進んでいくので、すらすら読めてしまいますが、実際に書かれていることを分解すると、一つひとつが、それだけで一本の記事になるようなテーマです。

つまり、ここでいう「進化」は、単に能力が増えることではありません。
ものの見方、自分とのつながり方、生きる方向、現実との関わり方――人間全体のあり方が変わっていくこと
として語られています。
その入口に置かれているのが、次の一文です。

新しい時代において、私たちは単に途方もない進化を期待できるというだけではありません。
現実の夢から目覚めた人々の間では、それはすでに進行しているのです。

記事『新時代にはどのような進化が期待できるのか? この転生の中で、私たちは自らを変革する時間を持つことができるのだろうか?』より

ここでポイントになるのは、「これから起こる」ではなく、「もう起きている」とされていること。
ただし、誰にでも自動的に起きている、とは書かれていません。
「現実の夢から目覚めた人々の間では」という条件がついています。
では、その「進化」として、具体的に何が挙げられているのか。
まずは記事本文が描いている地図を、順番に見ていきましょう。

01
閉じていた情報源が、開く

これまでブロックされていた情報源へのアクセスが開かれつつある、と記事は言います。
ここで名指しされているのが、魂と霊的なハート。目には見えないけれど、自分のスピリットや宇宙とつながるための、おそらく最も重要な「器官」だと表現されています。

新しい高振動(高波動)のエネルギーによって意識が広がり、外部の感覚器官からだけでなく、魂からも情報を受け取れるようになる、と。

02
ばらばらだったものが、一つにまとまる

いまは、内なる全体性を感じることがずっと簡単になっている、と記事は述べます。

比喩的に言えば、肉体という枠組みの中で、魂、スピリット、理性、人格、意識、潜在意識を一つにまとめること。
前回の記事で出てきた「自分を部分ごとに集め直す」という話が、ここでは6つの要素として具体的に並べられています。

03
思考が、ほぼ即座に現実へ届くようになる

新しい時代において、人間の思考は非常に凝縮されたものとなり、物理的な現実にほぼ瞬時に影響を与えられるようになる、と記事は言います。

密度の高い物質世界と、微細な物質世界の境界が薄くなっている。だから、まるでおとぎ話の中にいるかのように望むものを手にできる。
けれどこれはおとぎ話ではなく現実であり、新しい現実なのだ、と。

04
自分の道が、わかるようになる

意識の進化は、すでに「自分の声を聞く力」として現れている、と記事は述べます。

実践の面で言えば、それは、自分が何者なのか、この世界での自分の役割は何か、自分の魂はどんな目標を持ってここへ来たのか——そうした内なる知識を得て、自分だけの道を歩み始めるということ。
自分の道を歩くとき、目の前のあらゆる「扉」が開き、人生は調和して展開していく、と言います。

05
過去から引きずってきたものが、無効になる

過去生から続く因果の連なりは、新しい条件のもとではそれに気づくことによって無効化される、と記事は述べます。

お金、健康、人間関係、自己実現に関する絶え間ない問題という形の「カルマ」は、自分の経験を見ることを自分に許可し、その存在を認め、もう自分の役に立たないものとして手放すことができるなら、取り消すことができる、と。

06
価値観を決めるのが、人格から魂へ移る

新しい次元とは魂のための空間である、と記事は定義します。

そこで価値観と欲求を決めるのは、長らく3Dシステムの影響下にあった人格ではなく、魂自身である。
生き残りをかけた闘争と、それに伴うネガティブな感情は、天命を果たすこと、喜び、調和、そして無条件の神聖な愛へと場所を譲る——ただしその「愛」は、私たちが伝統的に抱いている愛の概念とはまったく関係がない、と念を押しています。

NOTE ──「高振動」か「高波動」か

原文で使われているのは、вибрация(振動)を含む『высоковибрационные энергии(高振動のエネルギー)』です。

日本のスピリチュアル分野では「高波動エネルギー」という表現が一般的ですが、ロシア語の「波(волна)」が使われているわけではありません。

そのため当サイトでは、原語との対応を残すため、基本的に「高い振動のエネルギー」と訳します。

なお、ここでいう「振動」は、物理学上の振動数を厳密に示した数値概念としてではなく、資料内では意識や状態、エネルギーの質を表す語として使われています。

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進化の前に、なぜ変化を感じられないのか

ここからは、動画での回答を見ていきます。
ヴァジム・ゼランドの質問は、
「新しい時代に、私たちはどんな進化を期待できるのか?」
というものでした。

ところがタフティのアバターでもあるタチアナ・サマリナは、すぐに「進化するとこうなります」とは答えません。まず話し始めるのは、この言葉です。

新しい時代に入っているはずなのに、なぜ多くの人がその変化を感じられず、むしろ以前より苦しくなったように感じているのか

彼女のもとには、こういう声が届いているといいます。

届いている声

「今すべてがとても難しくなっている」
「なんだかすべてが急激に悪化している」
「身体的な病気や不調が現れている」
「人生のすべてが突然崩れ去ろうとしている、どうすればいいのか」
「感情的にも大嵐のようだ」

サマリナ氏は、こうした状態について、
新しいエネルギーや新しいルールをまだ受け取れておらず、古い反応のしかたで生き続けているためだと説明します。

動揺する、傷つく、怒る、ネガティブになる、良い/悪い、プラス/マイナスのあいだを大きく揺れる。
そして何より、自分がその反応に巻き込まれていること自体に気づいていない。

ここで、トランサーフィンやタフティを実践している人の話に移ります。

あなたは自分の人生でトランサーフィンの原則を適用し、
すでに前に進んでいるように見え、
実践も行い、
意図の三つ編み、アマルガムのジェネレーター、思考フォームなどを使ってワークしているにもかかわらず、
なぜか望むことが起きない、実現しない、すべてが長引いている。

これらはすべて、あなたが単に自分自身を2つの部分に引き裂いているということを物語っています。

タチアナ・サマリナ

つまり、新しいやり方を実践している自分と、日常では以前と同じ反応を続けている自分が、同時に存在している。

しかもサマリナ氏によれば、後者のほうが圧倒的に大きいのだと。

だから、数分間テクニックを使って新しい現実を設定しても、そのあと一日の大半を不安、怒り、恐れ、古い思考パターンの中で過ごしていれば、そちらが新しい実践を打ち消してしまう。

ここでようやく、最初の質問、「新しい時代に、私たちはどんな進化を期待できるのか?」につながります。

「どこまで進化できるのか」を考える前に、そもそも自分の中で新旧が分裂したままになっていないか。
サマリナ氏は、まずそこを確認しているのです。

NOTE ── この順番には、理由がある

前回、2018〜2020年の動画をまとめた記事でも、
「なぜトランサーフィンの知識を100%活用できなかったのか」
という問いに対して、問題はテクニックの不足ではなく、慣れ親しんだ反応パターンにあると説明されていました。

2023年のこの記事及び動画での回答は、その続きをさらに具体化したものとして読むことができます。

新しいテクニックを増やすことと、新しい人間になることは同じではない。
では、この分裂が小さくなり、人間の側そのものが変わっていくと、何が起きるのか。

ここから、ようやく「進化」の中身に入ります。

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二元性が薄れると、世界の見え方が変わる

「引き裂かれた自分」と、二元性はどうつながるのか

ここで、一度言葉を整理しておきます。

先ほどサマリナ氏は、「あなたは自分自身を二つの部分に引き裂いている」と言いました。

一つは、新しいテクニックを使い、新しい現実へ向かおうとしている部分。
もう一つは、日常では以前と同じように、怒り、恐れ、傷つき、ネガティブな反応を繰り返している部分です。

では、この「二つに引き裂かれている」ことと、これから出てくる「二元性」は同じものなのでしょうか。

まったく同じ意味ではありません。
トランサーフィンセンターで述べている二元性(дуальность)とは、
良い/悪い
プラス/マイナス
黒/白
というように、現実を二つの極に分け、そこに反応し、評価し、裁く、古い現実の知覚の仕組みを指しています。

つまり、新しいことを実践しているのに、日常の大部分ではまだこの古い二元的な見方と反応の中で生きている。
その結果として、「新しい側の自分」と「古い側の自分」が同居している。
それが、先ほどの「引き裂かれている」という状態です。

だから彼女は、テクニックをさらに増やせとは言いません。
必要なのは、全体的で新しい知覚を獲得することだと言います。

新しいことをする「部分」だけを増やすのではなく、ものの見方あり方そのものを変えるのです。

では、その「全体的で新しい知覚」とは何なのでしょうか。
ここで、サマリナ氏は、現在の私たちの現実との付き合い方を、こんなふうに表現します。

まあ、こういうものだ。好きでも嫌いでも、目に見えるから信じる。

タチアナ・サマリナ

私たちは、目に見える物理的な現実を「これが現実だ」と受け取っています。
ところが、新しい時代の法則のもとでより立体的・多次元的な見方を獲得していくと、二つの境界が薄れていく、と彼女は説明します。

一つは、密度の高い物質世界と、微細な物質世界の境界。
もう一つは、良い/悪い、黒/白、プラス/マイナスと世界を分けて見る二元的な知覚。

ただしこれは、次のように念を押しています。

しかしこれは、ある部屋から別の部屋への移行ではありません。

タチアナ・サマリナ

どこか別の場所へ移動するわけではありません。
サマリナ氏が言っているのは、同じ世界にいながら、世界をどう知覚し、どう関わるかが変わっていくということです。

ものの見方が変わる。世界の観え方が変わる。
そして、これまで知覚していなかった微細な次元とも関わるようになる。

彼女はそれを、意識ではすでに「あちら側」に生きながら、その意識から「こちら側」の現実で行動する、と表現しています。

では、世界の見え方が変わると、具体的に何が変わるのでしょうか。
ここで出てくるのが、先ほどの「二元性」です。
これまで私たちは、目の前で起きたことを、「良い/悪い」、「プラス/マイナス」、「黒/白」、と分けて受け取り、それに反応してきた、とサマリナ氏は言います。
うれしい出来事なら「良い(事)」。
望まない出来事なら「悪い(事)」。
と知覚して。
そして「悪い」と判断すれば、傷ついたり、怒ったり、恐れたりする。

ここで大事なのは、サマリナ氏がこうした反応を、「その人の性格のせい」にはしていないことです。
「あなたが未熟だから怒る(反応をする)」
「あなたがネガティブな人だから悪いほうを見る(反応をする)」
という話ではありません。

私たちが長い間そのように反応してきたのは、それが古い現実の中で身につけてきたプログラムだったからです。

今までのその世界では、物事を二つに分け、どちらかを選び、評価し、それに反応することが、ごく当たり前の生き方(プログラム)だった。

ですから、先ほど出てきた「古い反応」も、単なる悪い癖ではありません。
古い現実の見方を通して世界を見れば、自然に出てくる反応だったということです。

ところがタフティのアバターであるサマリナ氏によれば、空間そのものが変わり、新しいエネルギーが入ってくることで、これまでとは別の仕組みが働き始めます。

そこで少しずつ見えてくるのが、世界は、本当に「良いもの」と「悪いもの」に切り分けられているのだろうか?ということです。
良い/悪い、黒/白とすぐに二つへ分けるのではなく、その両方を含んだ、もっと大きな全体として見る。
サマリナ氏は、その先にある状態を、私たちが一つの神聖な全体として存在していることを自覚することとして語っています。

つまり、「二元性が消える」とは、単に「何でも良いことだと思いましょう」という話ではありません。
世界を二つに切り分け、どちらかに反応することを前提としていた知覚そのものが変わっていく。
そして、知覚の土台が変われば、行動を動かすものも変わる。

そこで彼女は、こう続けます。

私たちはもはや恐怖のエネルギーではなく、愛のエネルギーに導かれます。

タチアナ・サマリナ
NOTE ── 私たちは、何を「愛」と呼んできたのか

「愛のエネルギー」と聞くと、ふんわりした話に聞こえるかもしれません。
ところがサマリナ氏は、そのすぐあとで、私たちがこれまで「愛」と呼んできたものの中には、実際には別のものが混ざっていたと話します。

一つは、愛だと思われていた共依存関係。
もう一つは、「愛に満ちた人とは、こういう人だ」というスピリチュアル風味なイメージです。

後者について、彼女はかなり辛辣です。

一般的には、「とてもスピリチュアルで、愛に溢れた人」というと、経済的に自立しておらず、自分や家族を養うこともできず、まともに稼げず、意志も弱い。
それでも微笑みながら「私はみんなを愛しています」と言っているような人物像が思い浮かべられてきました。

タチアナ・サマリナ

ここで彼女が否定しているのは、愛そのものではありません。むしろ、
共依存を愛と呼ぶこと、無力さや現実からの離脱を「愛に生きている」とみなすことなどは、愛と取り違えられてきたものです。
そのうえで、彼女がここでいう「愛」は、それらとは別のものだと説明します。

それは、単に優しく振る舞うことでも、「みんなを愛しています」と言うことでもありません。
神聖な状態であり、自分のスピリットとの一体性を感じている状態。

サマリナ氏は、「愛」という言葉を新しく作り直しているというより、これまで愛だと思っていたものを一度はがして、その下にあるものを示そうとしているように見えます。

そして、古いプログラムが薄れていくと、他者の見え方も変わっていくとサマリナ氏は言います。
私たちは本来、一つの全体として存在しており、それぞれが異なる物理的な形で表現されています。

重要なのは、それを単に知識として「知る」ことではありません。

(頭のなかだけでなく)実際にそのように見る。そのように感じる。
そこまで知覚そのものが変わっていく、と彼女は話します。

すると、目の前の他者は、自分とは完全に切り離された存在ではなく、異なる物理的な形をとった、もう一つの「私」として認識されるようになる。
そして、その見え方の変化に伴って、嫉妬、恐怖、恨み、怒り、憎しみといった感情が、以前のように自分を支配しなくなる、と説明されています。

ここでも、「そういう感情を持ってはいけない」と自分を抑え込む話ではありません。
サマリナ氏が語っているのは、他者をどう知覚するか、その土台そのものが変わることで、そこから生まれる反応も変わっていくということです。

NOTE ──「一つの全体」とは、どういうことなのか

ここで語られていることは、スピリチュアルな分野でよく使われる「ワンネス」に近いものだと考えると、イメージしやすいかもしれません。

ただ、「すべては一つです」と言われても、それだけでは少し掴みにくいところがあります。

たとえば、同じクッキー生地から、いろいろな形のクッキーを作るところを想像してみます。
星形のもの、ハート形のもの、アザランがついているもの。
出来上がったクッキーだけを見れば、それぞれ形も見た目も違います。
しかし、もとをたどれば、同じ生地からできています。

もちろん、これはサマリナ氏自身が使っている比喩ではありません。今回の話を理解するための、HEH側の補助的なイメージです。

サマリナ氏が言う「一つの全体が、異なる物理的な形で表現されている」という話を、この比喩に置き換えるなら、星形とハート形は別々に見えていても、素材まで別物なわけではない。という感じです。

そして彼女が「知るだけでなく、見る、感じる」と言っているのは、「みんな同じ生地らしい」と頭で理解することではなく、実際に他者を見る感覚そのものが変わることだと考えると、少しわかりやすくなります。

ですから、今回の「進化」は、単に「人に優しくしましょう」という道徳的な話ではありません。
私と他者は完全に切り離された存在だ、という見え方そのものが変わっていく。
そこまで含めて語られている、ということです。

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意識の変容は、肉体にも及ぶのか

ここから、話はさらに大きくなります。
これまでサマリナ氏が語ってきたのは、知覚や世界観、他者の見え方といった意識の変容でした。
ところが、その変化は意識だけで終わらないと言います。

意識が変容すれば、やがて肉体も変容し始める。
その最初の現れとして挙げられるのが、老化の遅れです。
さらにその先には、寿命そのものが延びていく可能性がある、と話します。

新しい時代を生きることを選んだ人間には、これまで当然のものとして受け入れてきた老化や死のプログラムを、別のプログラムへ置き換える可能性がある。
そして、その変化を助けるものとして、記事では惑星に入ってきているという「新しい光のコード」が挙げられています。

ここから先は、現在の科学で確認されている老化研究の説明ではありません。
ゼランド氏とトランサーフィンセンターが「新しい時代における人間の変容」をどこまでの範囲で捉えているのか、その世界観の中での話です。

なぜ地球では、寿命が短いのか

動画では、ここから「では、なぜ現在の人間はこれほど短い期間しか生きないのか」という話へ進みます。
サマリナ氏は、地球での人間の寿命について、最大でおよそ120年、長寿の場合には150年ほど、と語ります。
そして、その短さを地球という環境の厳しさと結びつけています。

現在の地球は、密度の高い物質世界であり、二元性の強い環境だと言います。
そこで人間は、葛藤や困難を含むさまざまな経験を、非常に短い時間の中で通過する、と。

その過酷さを「ずっと北極にいるようなもの」と表現しています。
快適だから発達するのではなく、むしろ条件が厳しいからこそ、短期間に多くの経験を積むことができる。
なぜなら、肉体というバイオスーツをまとったわたしたちにとって、人生の意味とは、エネルギーの振動レベルを高めること、スピリットにおいて上昇すること、より高い精神的レベルへ移行することだから——と。

もちろん、日常を生きる人間の感覚からの声もこの後に代弁しています。

なんて馬鹿げているんだ。精神的なレベルだと? 私は車やアパートが欲しいんだ。とにかく旅行して休みたいだけなんだ。放っておいてくれ、もう何も知りたくない。

タチアナ・サマリナ(想定される反応として)

このくだりが面白いのは、サマリナ氏自身も、「精神的進化こそ人生の目的です」と言われて人間が素直に納得するわけではないことを承知したうえで話しているところです。

「600年生きる惑星」と地球の違い

そして途中で、サマリナ氏は「寿命の話をまだ終えていませんでしたね」と話を戻します。

彼女によれば、宇宙には平均寿命が600年ほどの惑星もあるといいます。
そこでは気候が穏やかで、住む存在は四次元、五次元――彼女の言葉では、愛や善を基調とする環境――に生きている。
しかし、条件が穏やかであるぶん、地球のように短期間で多くの経験を通過することはできない。
そのため、精神的な発達により長い時間が与えられている、という説明です。

一方の地球は、身体にも意識にも大きな負荷がかかる。
けれど彼女の世界観では、その厳しさこそが、目覚め、自分を変え、スピリットとして発達するためには非常に強い条件になる。
つまり、寿命が短いことを単なる欠陥として見ているわけではありません。
短い寿命と厳しい環境が、一つのセットとして説明されているのです。

そしてここから、話は人間だけではなく地球そのものへ広がります。
地球自体もいま、古い二元性の現実から離れ、次の進化的な段階へ移りつつあると語るのです。
気候も変化する。
ただし、それは「地球全体が水没し、人類が滅びる」といった破局的なシナリオではなく、地球そのものが生まれ変わっている過程なのだ、と。

そうした破局的な可能性もかつては存在したが、現在は別のシナリオへ移っている――というのが、ここでのサマリナ氏の説明です。

※破局的なシナリオとは「バリアントの空間」には、かつてのアトランティスやレムリアが周波数の低下によって洪水や天変地異で滅んだ時のように、「地球が一気に大洪水や自然災害を起こし、人類を一度すべてリセットして出直す」というハードな破壊のタイムラインも確かに存在していた、と2023年11月13日の公開放送の中で触れています。しかし、現在は、「人類が肉体を保ったまま、意識や周波数を徐々に高めてスムーズに新時代へ移行していく」というソフトで段階的なシナリオ(поэтапный процесс)へとタイムラインが切り替わったと説明されています。

NOTE ── この「身体の変容」は、すでにТРЭの流れの中にあった

ここまで来ると、老化のプログラム、身体の再生、寿命600年の惑星、地球そのものの進化と、かなり大きな話が続きます。

まず、事実関係と、この資料の世界観は分けて読んでおきます。

「光のコード」によって老化や自己治癒が変化すること、平均寿命600年の惑星が存在すること、地球が二元性の現実から別の段階へ移行していることなどは、現在の科学によって確認された事実ではありません。

HEHでここに記録しているのは、あくまで、
「2023年11月、トランサーフィンセンターでは、人間の進化がここまでの範囲を含むものとして語られていた」
ということです。

ただし、トランサーフィンの展開を追ううえでは、ここを単なる脱線として読み飛ばすこともできません。

というのも、この動画が公開された2023年11月の時点で、ゼランド氏自身もすでに公式サイト「新しい現実」で、身体の変容・再生・進化を大きなテーマとして扱っていたからです。
2023年初頭から、ゼランド氏は老化を単に遅らせるだけではなく、身体そのものを再生させる可能性について書き始めています(出典)。そして同年8月には、

Трансформация ── 変容
Регенерация ── 再生
Эволюция ── 進化

これら三つを、「新しい現実」への移行期における人間の発展として、明確に並べています(出典)。

つまり、11月のサマリナ氏が突然、独立して「身体も変わる」「老化も変わる」「人間は進化する」と言い始めたわけではありません。
この時期にはすでに、ゼランド氏とトランサーフィンセンターの双方で、意識だけではなく、身体まで含めて人間そのものが変わっていくというテーマが前面に出ていました。

だから今回、ゼランド氏がタフティに投げかけた質問が、
「新しい時代に、私たちはどんな進化を期待できるのか?」
だったことも、この時系列に置くと少し違って見えてきます。

ヴァジム・ゼランド自身がその数か月前に、すでに「変容・再生・進化」という三つの柱を書いている。
そのうえで、タフティに「進化」を問い、サマリナ氏が意識の変容から身体、老化、寿命まで含めて答えているのです。

のちに、この三つはТРЭ(TRE)という略称でまとめられ、『セルフ・トランサーフィン』の重要なテーマになっていきます。
したがって、この2023年11月の回答を、「のちのTREを先取りしたもの」と呼ぶのは少し違います。
むしろ、すでに〈変容・再生・進化〉という枠組みが動き始めていた2023年、その同じ流れの中でタフティへの質問を通して、サマリナ氏が「新しい時代の人間はどこまで変わるのか」を語った、と位置づけるほうがよさそうです。

そう考えると、このセクションで突然出てくるように見える「身体」「老化」「寿命」の話も、「新しい現実」をめぐる議論の中心へ、話が入っていったところであり、脇道ではないのです。

なお、記事本文には、意識の持ち方によって老化が遅れ、自己治癒や若返りが活性化するという趣旨の記述があります。
これは医療上の助言や治療の代わりになるものではありません。身体に異変や気になる症状がある場合には、この世界観だけで自己判断することと、必要な医療を利用することとは分けて考えてください。

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「できる」と「この人生でそこまで行く」は、同じではない

ここまで見てきたのは、ゼランド氏の問いの前半、
「新しい時代に、私たちはどのような進化を期待できるのか」
への回答でした。
かなり広い範囲まで、「人間にはこうした変化が可能になる」と語られてきました。
けれど、ここで一つ疑問が残ります。

それらが可能になることと、今生きているすべての人が、この人生のうちにそこまで変容することは、イコールなのでしょうか。
ヴァジム・ゼランド氏の質問には、実はその先がありました。

「この転生において、私たちは変容するのに間に合うのでしょうか?」

一つ目の問いが、
「人間には、どこまでの進化が可能なのか」
だったとすれば、こちらは、
「その可能性を、今回の人生でどこまで実現するのか」
という問いです。

そしてここからサマリナ氏から語られるのは、全員に当てはまる共通の答えではなく、一人ひとりで答えが変わってくるものになります。
「人間はどこまで進化できるのか」という可能性の話には共通の解があるけれど、「自分はこの人生でどこまで変容するのか」という問いには、全員に共通する『一つの最適解』はないということです。

しかし、すべては各個人にかかっています。
できる人もいれば、できない人もいます。
人間次第であり、何よりもまずその人の魂の選択にかかっているのです。

タチアナ・サマリナ

つまり、ここまで語られてきた「進化」は、全員が同じ速度で、同じところまで到達しなければならない共通課題ではないということです。

サマリナ氏の語るところによると、その人が今回の人生で何を経験し、何を実現しようとしているのかは、それぞれ異なります。
それを知るには、自分のハイヤーセルフ、自分のスピリットとつながる必要がある、と彼女は言います。

そこで自分自身の声を聞けば、
「ああ、自分はこのくらいの期間を生きることを選んだのだな」
「今回の人生では、こういうことを実現しようとしているのだな」
と、自分に割り当てた時間や目的がわかることがある、と。

そして場合によっては、今回の人生では、完全な変容そのものを目標にしていないこともある、と続けます。

ここで、話の焦点が「『人間』はどこまで進化できるのか」から、「『自分』はこの人生でどこまで進むのか」へ移ります。

CONCLUSION
同じ進化が、全員に必要なわけではない

老化プログラムを遅らせることはできても、完全に初期化する準備はないかもしれない。

透視、透知、透聴の能力を持つこと、オーラを読むこと——そういうものが、この人生の目標に入っていないかもしれない。

記事本文ではさらに、
その魂には、二元性の世界で生きる経験そのものが必要なのかもしれない
とも書かれています。

また、ある能力がその人にとって(使えるようになるのが)早過ぎれば、かえって本人や周囲の現実にとって破壊的に働く可能性もある、とも言っています。

つまり、ここで言われているのは、
「進化できる人」と「進化できない人」を分ける話ではありません。

もっと正確には、新しい時代に可能になる変化の範囲と、一人ひとりの個人が今回の人生で実際に経験する範囲は一致しないことがあるということです。

だから最後にこうくくられるのです。

それぞれに、それぞれの道があるのです。

記事本文より
NOTE ──「能力がある人ほど進化している」というわけではない

サマリナ氏は、「完全な変容」の例として、透視、透知、透聴、オーラや他人の思考を読む能力などを挙げています。

こうした話は、ともすると、
「見える人のほうが進化している」
「能力が開いた人のほうが上の段階にいる」
という序列に変わりやすいものです。

しかし、今回の回答はそういう構造ではありません。

まず、その能力自体が、すべての人に必要だとはされていないからです。

前の節で見たように、その人の魂が今回の人生で何を経験しようとしているかによっては、透視、透知、透聴、オーラや他人の思考を読むなどの能力を持つこと自体が目的に含まれていない場合もある、とされています。
つまり、能力が開かない=進化が遅れている、とは限りません。

その人には、その人が今回経験する道がある。

そしてもう一つ、能力が必要な人についても、「欲しいから手に入れる」という仕組みではないとされています。

他人の思考を読むことについて、
「私たちは今、それができません。原則として私たちには与えられていないのです」
と語り、その理由として、そうした能力が善(全体の調和、愛、命を生かす方向)のために使われない可能性を挙げています。

そして、能力が開かれる条件として置かれているのが、その人の内側から二元性の現実が消えていることです。

つまり、他者を敵/味方、上/下、勝ち/負けと切り分け、自分の利益のために相手を利用するような知覚のまま、強力な能力だけを先に持つことはできない――という説明です。

そうでなければ、その能力は本人にとっても、周囲にとっても破壊的になりうる。
だから、
「まず、自分自身を変えなさい。自分の内側に何があるのかを見なさい」
と言っているのです。

※ここでいう「変わる」は、能力を得るために性格を矯正するという意味ではありません。直前まで語られてきた、二元的な知覚そのものが内側から変わっていくことを指しています。

その人にはその人の魂の目的があり、今回の人生では、完全な変容そのものを目標にしていない場合もある。
それがここまでの回答でした。

しかし、では、今回の人生で完全な変容や、すべてを終えられなかったら、「間に合わなかった」ことになるのでしょうか。

ここでサマリナ氏は、ひとつの前提を置いています。
魂の経験は、今回の一度の人生だけで完結するものではなく、複数の転生を通して続いていく、という考え方です。
その前提に立つと、「今回の人生で完全な変容まで到達しなければ、もう手遅れだ」という発想そのものが成り立たなくなります。
ですから、そこにはもう「これで終わりだ、私は今ここで死んで、何かに間に合わないんだ」という恐怖はない、と語られるのです。

そして最後に、今回の回答を締めくくります。

心(ハート)から生きてください。自分自身の声を聞き、感じ、前へ進んでください。
あなたが必要だと感じるすべての行動を起こしてください。
そのためには、もちろん、自分自身とつながることです。

タチアナ・サマリナ
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編集ノート ── HEH Editorial

「新しい時代=全員が超人になる」ではない

前回の記事で、印象に残る一文がありました。

本当に「黄金時代」が私たちを待っています。もっとも、誰もが皆そこに入れるわけではありませんが。

2018年から2020年にかけての記事になった言葉です。

新しい時代は来る。
けれど、来たからといって、全員が自動的にそこへ移行するわけではない。

そして今回、2023年の資料でも、よく似た線引きが出てきました。
できる人もいれば、できない人もいます。人間次第であり、何よりもまずその人の魂の選択にかかっているのです。
語られている内容そのものは、かなり先へ進んでいます。

2018〜2020年の動画が、「新しい時代とは何か」「そこで、どう生きるのか」を中心にしていたとすれば、
2023年には、「その中で、人間そのものはどこまで変わりうるのか」まで踏み込んでいます。

意識。知覚。身体。老化。寿命。能力。
話の射程は、確実に広がっています。

それでも、結論の形はあまり変わっていません。
むしろ今回のほうが、さらに細かく分かれています。

「新しい現実へ移行する人/しない人」という違いだけではない。
同じ新しい時代を生きる人どうしでも、必要な経験や変容は同じではない。
そこまで話が進んでいます。

老化プログラムを完全にリセットすることも、透視や透聴といった能力を持つことも、誰にでも必要だとはされていません。
その人の魂が、今回の人生でそれを目的としていない可能性がある。
場合によっては、むしろ二元性の世界で生きる経験そのものが必要なのかもしれない、とまで書かれています。

この種の話は、本来かなり煽りやすい材料です。

老化が遅くなる。
寿命が延びる。
特殊な能力が開く。
平均寿命600年の惑星がある。

どれ一つ取っても、「新しい時代に目覚めた人だけが手にする力」という物語に仕立てることができます。

けれど、今回の回答はそこへ進みません。
人間にどこまでの変容が可能なのかを大きく語ったあとで、
「しかし、それを今回の人生で必要としているかどうかは、人によって違う」
と戻ってきます。

さらに、能力については、本人の内側から二元性の現実が消えていることが条件として置かれています。
能力だけを先に手に入れる、という順番にはなっていません。
期待を大きく膨らませておきながら、最後には自分でその風船から空気を抜いている、とも言えます。

そして、ここでもう一つ確認しておきたいことがあります。
この線引きは、誰かを排除するための線ではありません。

「あなたは選ばれている」/「あなたは選ばれていない」でも、
「あなたは間に合っている」/「あなたは遅れている」でもない。
言われているのは、

「あなたに必要なものと、隣の人に必要なものは違うかもしれない」
ということです。

だから、この資料の中では、能力の有無だけで人間を一列に並べることができません。

「見える人」が上で、「見えない人」が下、とも言えない。
完全な変容を今回の人生で経験する人が上で、経験しない人が遅れている、とも言えない。
その人には、その人の魂の選択と、その人の道がある。
だから答えを求める方向も、他人ではなく、

自分のスピリットにつながること。
自分の声を聞くこと。
へ戻っていきます。

2018年から2023年までの資料を並べてみると、扱われるテーマは大きく変化しています。
それでも、新しい時代が来ることと、全員が同じ現実を、同じ速度で、同じ形で生きることは別である。

その一点は、変わっていません。
今回の資料から確認できるのは、そこまでです。

結び ── まだ、どこにも書かれていない

私たちは、どこまで進化できるのでしょう。

もっと長く生きられるようになること。
これまで見えなかったものが、見えるようになること。
能力が開花すること。
自分の現実を、より自由に扱えるようになること。

それも、これから人間に開かれていく可能性なのかもしれません。

けれど、もし進化が、
「いまの自分にはない何かを手に入れること」だけではないとしたら。

自分の内側にある声を聞き、
自分とは違う誰かの世界に触れ、
そのどちらにも、まだなかった何かが生まれること。

そこにもまた、私たちがまだ十分に知らない
「進化」があるのかもしれません。

ゼランドがタフティに投げた問いは、
ここで答えを得て終わるのではなく、
今度は、この記事を読んでいる私たちの側へ渡されてきます。

新しい時代に、私たちはどこまで進化できるのか。

そして、もうひとつ。

あなたがトランサーフィンやタフティを通して、あるいはサイトにある記事を通して、
まだ知らない自分とのあいだに、
あるいはこれから出会う誰かや何かとのあいだに、
まだこの世界になかった何が生まれるのでしょうか。

その答えだけは、
まだ、どこにも書かれていないのです。

進化は来る。
ただし、それがあなたの目的とは限らない。

老化の停止も、透視も透聴も、誰にでも必要なわけではない。
五年分の資料を並べても、この線引きだけは動いていませんでした。

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この記事を書いた人

トランサーフィン/タフティのロシア語一次ソースを辿り、誰でも原典へ還れる知のインフラ〈Heh〉をつくっています。
源泉と日本語のあいだに立ち、消費されて終わる「知」ではなく、知から、命(ち)へ。
その道の先で、原典と人生が交差することを願っています。
noteではこのサイトのBackstage的なものを発信しています。→https://note.com/hip_raven7504

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